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エッセイSP(スペシャル)

香のもの・・

たかやま じゅん

2012年2月20日

 好物の一つに漬物がある。舌の記憶は大根、人参、蕪・・夏は胡瓜や茄子に西瓜の皮など関東の糠漬けがオフクロの味。
 北海道は晩秋になると鰊漬けや鮭のはさみ漬けなどを仕込む家庭も少なくない。久々に寄ったスナックで大ママ手作りの漬物を出された。市販のものとは違い塩味を抑え、麹の甘味が程よく調和され美味さは申し分ない。「これは絶品だよ!」と舌鼓を打つ。「よかった~このところ血圧が気になって自分は控えているの・・」と苦笑される。

 安土の「信長の館」で手に入れた小冊子「天下分け目の料理~信長と家康~」には家康が安土を訪れた天正十年、信長が饗応した献立が載っていて本膳に「香のもの」とある。
 香のものとは発酵した漬物の香りが香道の「聞香」に由来し、茶の湯の世界でも懐石料理の最後の一品に供されたのが漬物。古くは天平時代の木簡にも記録されていた。全国的には京都の三大漬物(千枚漬け、紫葉漬け、すぐき)が名高い。
 琵琶湖巡りの翌日、関空への途中で京都に下車。祇園祭の辻回しを観た河原町の一角に涼を求めた高瀬川。その川沿いに江戸時代から続く漬物の老舗がある。此度は正月用の千枚漬けがお目当てであった。
 高瀬川と云えば森鴎外の名作「高瀬舟」が思い浮かぶ。この運河は鴨川から取水され、華やかな木屋町から四条通りをひっそりと抜け、かつては伏見から宇治川へ流れ込んでいた。
 京都から伏見を結び水運としたのが角倉了以であり、息子の素庵の二代に渡り開削された。京都の豪商としか知識がなく改めて了以について調べてみた。
 信長・秀吉・家康の時代に武将ではなく商人として生き抜き、五十歳を過ぎてからの活躍が目覚しい。商いもさることながらその実行力と情熱は私財を投じることも辞さず保津川、富士川、天竜川そして高瀬川の開削に至り、琵琶湖疏水へ及んでいる。
 これらの事跡を旅先で目にし、現在の角倉家から出された冊子も手に入れた。いまは静かな高瀬川の流れに了以の熱い想いを感じ現代に生きていたなら、被災地の復旧も容易になったであろうと思ってもみた。
 旅を重ねることで身近に歴史と接している。漬物買いに立ち寄った土地で見つけたものは大きな収穫があった。

 夜更けのカウンターで、高瀬川に思いを馳せていると「今度はあずきを煮てあげるから・・」の言葉で我に返った。

◎プロフィール

〈このごろ〉朝の雪はねは向かいが除雪機、隣りはブルトーザーで応援してくれる。少ない雪は人力でお返し。「向こう一軒、右隣り」家の一角は三軒しかない。

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