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エッセイSP(スペシャル)

浮遊する人

冴木 あさみ

2013年8月 5日

 札幌の近代美術館で開かれているシャガール展に行ってきた。
 マルク・シャガールは現ベラルーシ生まれのユダヤ系の画家だ。生涯添い遂げた妻への愛と結婚をテーマにした作品が多いことから愛の画家と言われている。九十八歳まで生きた彼の後半生はパリのオペラ座の天井画のほか、美術館、大聖堂、大学、議会などを飾るモニュメントまで手掛けている。今回二百五十点もの日本未公開の絵画、ステンドグラスや陶器なども展示され、訪れた人々を魅了していた。
 宙を舞う人物や動物はシャガールの大きな特徴で、絵に興味が無い人もシャガールの名を知らない人も、彼の絵を目にしたら「ああ、見たことある」と言うに違いない。一度目にしたら心に焼き付く絵なのだ。

 「シャガールの絵が怖い」

 私が仕事をしている障害者就労施設の利用者が言った。芸術や文学に造詣の深い彼は美術館や演奏会に頻繁に出かけているようで、よく話を聞かせてくれる。 きっとシャガール展にも行くのだろうと話題に出したところ怖いと言って顔をしかめたのだ。宙に浮く人間の絵が不安な気持ちになる から嫌いだと言う。

 精神を病んだ人の中には、 些細な事にも敏感に反応する人がいる。彼は長年精神疾患を患っているが、今は服薬により毎日仕事ができるほど安定した状態にある。
 以前の職場でのストレスや人間関係から精神を病み、周囲の人間が自分の悪口を言っているという幻聴に苦しんだとのこと。一見おおらかに見える彼だがこだわりが強く、思考が一般的な範囲からはみ出している部分もある。
 知性があるのに、ごく簡単な決め事をどうしても守れないことが、最初不思議でならなかった。でも障害者と健常者の違いはどこで線をひかれるかは難しい。

 シャガールの絵をどう感じるか。幻想的で巧みな色彩感覚と誰も真似できない構成。これまで私が捉えていたシャガールの固定したイメージが、彼により突然心の中でリセットされてしまった。
 描かれた人物の微笑みが、悲しみを隠す仮面に見えてしょうがない。浮遊する踊り子も寄り添う男女も、羽をもつ天使も行き先を失い、瞬きした瞬間、幻のように消えてしまいそうだ。これまでの幻想的という捉え方がなぜか儚げな世界 に見えて、色彩が美しいほど人生の虚しさ、心のもろさを強く感じ目頭が熱くなる場面もあった。

 シャガールの絵は怖い──彼の言葉に隠された意味は深い。絵は人の心を表すというが、観る側の深層心理により絵の解釈が変わるということを体験した特別な展示会であった。

◎プロフィール

さえき あさみ
札幌市在住。障害者就労支援員。人間ウォッチングと街歩きで空想の世界に浸るのが好き。一昔前のサスペンスドラマにはまっている。

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