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エッセイSP(スペシャル)

着る・・

たかやまじゅん

2015年6月15日

 背広を脱いで6年余り経つ。クローゼットに背広10着、ネクタイ数十本がクリーニングのビニールのままで眠っている。
 いまはジーンズとTシャツ、冬はトレーナー姿で過ごしてきた。運動と言えば歩く程度。大のお菓子好き、チョコレート・ビスケット・せんべいの類を欠かしたことはない。これだけが理由ではないだろうが、ウエストのくびれが消えていた。
 先ごろ、背広を着る機会があり夏物を出してきた。上着は問題がなく、ズボンを穿けるのだが前が閉まらない。「直しに出せばいい」と思った。
 その時、頭の中を過ったのは、3年前のことであった。礼服を着ることになり、ズボンを直しに持って行ったとき「身体に気を付けて下さい」と店の人に言われていた。つまり、拡げれば、その分だけまた身体も膨らむとの意味だった。
 着る日まで少々の間があり。この時から菓子類を控え、外食も出来るだけ避ける。1週間、2週間・・半月すると、胴回りに心なしか効果を感じてきた。そして1ヵ月後、ズボンが履けた。仕舞っておいた黒い靴を磨き、押入れからカバンも出し埃を掃う。
 当日の朝、Yシャツのボタンを止め、ベルトをして、ネクタイを締めると背筋が伸びシャキッとして、勤めていた頃の感触が甦っていた。40年も着ていたから、身体が覚えていたと言える。
 鏡を見ると、そこには営業マンの姿があった。自分にとって、ひとたび背広を着れば「さあ行くぞ!」と言う気持ちになる。私服で出勤する日は落ち着かず、首の回りがスースーしていた。
 煙草の火で何回か焦がしたこと。つまずいてかぎ裂きをしたことが浮かんでくる。名古屋の夏も背広、夕方にはネクタイが首に巻いた部分だけ濡れていた。仕事から帰り、脱いだ時の解放感はいいものだった。
 会合の場に行くと「誰だか気が付かなかった」と言われる。それだけラフなイメージが定着していたようだ。服装は自分を認識して貰う手段なのかも知れない。
 本州が早々と30℃、北海道も暑くなり扇風機を出した。天気予報が、関東甲信越の梅雨入りを告げていた。次に背広を着るのは、千葉で近々催されるレセプションになる。

◎プロフィール

〈このごろ〉「北海道博物館」に行った。展示が見る人の目線に合わせてある。子供にも優しい作りだ。企画も豊富で、また行きたくなった。

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