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エッセイSP(スペシャル)

光と影の写真

梅津 邦博

2019年2月11日

 ファッションビジネスの世界は当然のこと洒落者達がいる世界で、ぼくはスーツ製造会社のTに勤めていた。自分のスーツデザインくらいは自ら行い、ショルダーライン、ラペル、ウェストラインなどとドローイングする。パターンを起こし、生地をカッテイングしたのち、工場で縫製してもらうわけである。そうして完成すると、スーツに合うワイシャツとネクタイと靴などをセッティングし、着こなして銀座や新宿などで歩く。つまり自分と服装と街とが雰囲気的に合っているかどうかを、自分なりに測って観るのである。
 会社は数百名の社員がいてその頂点に立つプロフェッショナルダンディが、ぼくより5つ年上の先輩で茨城県出身のシノヅカ氏である。ダンディズムであるということは、男性的100%ではアクが強く、つまり柔らかさと優しさも必要ではないだろうか。ぼくはシノヅカさんからファッションやダンディズムについて大きな影響を受けた。そして彼はいつも目をかけてくれていたのだ。お互いに気が合い、お茶を飲んだりあちこち出掛けたり時には旅行にも行っていた。
 20歳の秋のある日曜日。豊島区巣鴨のアパートに住んでいる先輩を訪ねて行った。旧い箱型の家で蔦が壁に張り付いていた。2階の部屋の前でノックをすると、先輩が現れ、
 「おぉ、ウメヅ君!」と明るく迎え入れてくれた。
 年月が経って少し茶色がかっている4畳半の畳部屋に窓から陽が差し込んでいた。彼は仰向けになっていた。グンゼの丸首長袖肌着を着ていて、いくぶんカールしている長髪の頭の後ろに両手を組んで腕枕をしている。スラリとした体形で少し濃い眉と人を観る眼に鼻筋が通っていて、なにより純白の肌着がまぶしくて彼が鮮やかに見える。ぼくはたまたま持っていた小型のオリンパスペンカメラを取り出し、立った状態で構えてファインダーを覗く。
 (…あぁ、美しいではないか、憂いも感じられる)
 彼はその姿のまま静っとレンズを見詰めている。それは誰か好きな女性のことを思っているのか…。
 (でも、なんだかヤバイな…シノヅカさんダメだよそんなに見詰めては、ぼくもいっちゃうかもしれないな)
 ファインダーからは青春の光と影も伝わっていた。ぼくは、美しい被写体に応えるべく、カシャッ! と徴したのだった。

 いや、先輩とはそんなヘンな関係なんかではない。男同士の友人として仲が良かったということなのだ。今春、久しぶりに上京する。シノヅカさんには数十年ぶりに会うのだ。もちろんその写真も持っていく。あまりにも懐かしくて抱き合い、ぼくは感涙してしまうかも知れないな。

◎プロフィール

帯広市出身。自営業。文筆家。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。趣味/映画・街歩き・旅・自然光景鑑賞。

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