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エッセイSP(スペシャル)

2列で、止まって

冴木 あさみ

2019年8月 5日

 日本人は律儀だ。そして謙虚だ。
朝の出勤時、地下鉄から地上へと向かうエスカレーターには今日も長い列。乱れることなく自然にゆずり合い、エスカレーターの左側に一列に並び上へと運ばれていく。空いている右側をたまに誰かが歩きながら移動する。
 年数回、地下鉄の構内の安全運動が行われ、無理な飛び乗りや歩きスマホ、エスカレーターの乗り方の注意を呼び掛けている。春には他地域から来た新入社員や新入生に、札幌の地下鉄でのルールを周知し安全に利用してもらえるよう力が入る。混雑する大通駅を利用しているが、これまで混乱や事故等に遭遇したことはない。交通局員の配慮もさることながら、市民も従順である。これから職場に向かう人々の移動なので、仲間とつるんで迷惑行為をする暇もなかろうが。
 しかし、いつからエスカレーターの右側を一人分空けるというのが日本全体のルールになったのだろう。多くのエスカレーター脇に『手すりにつかまり、歩かない』の注意看板が貼られている。全国的にエスカレーターを駆け上がることでの事故が多発しているとのこと。私の使うエスカレーターは並行して幅広い階段がある。エスカレーターと階段の間に看板を備えるのがいい。
 『急ぐ人は階段を!』『エスカレーターは2列で立ち止まって』
 常識と思っていたルールを率先して変えるのは勇気が要る。私はわざと長い列の脇をスタスタ歩き、エスカレータの右側に乗る。これまで「どけ!」と言われたこともないし、押されたこともない。気配で何人かが私の後ろに続いているのが解る。誰かの後には続けるけど、第一人目にはなかなかなれないものだ。でも「おばさん」は強い。
 東日本大震災で大都会の交通機関が停止した時、タクシーを待つ人々は整然と列をなし、溢れるほど多くの人々が階段に座り込んでいる状況でも、人が通るスペースをきちんと空けていた。写真が世界中に配信され、私たち日本人でさえ心打たれた。隣人を知らない乾いた人間関係。人との係りを避け、ネットやメールのやり取りで済ませる。一人暮らし、一人飲み、一人旅。お一人様の何と気楽なこと。他者との距離感が高まっても、思いやりや人情が失われていくわけではないのだと思う。
 事あるごとにバカ騒ぎをして渋谷を破壊している若者たちもいて、日本の行く末を嘆きに嘆くけれども、例えば他国からの理不尽な攻撃に対して何故かデモや不買運動などの騒ぎは起こさない。他国の国旗を踏んづけたり燃やしたりしない。国際問題を理解できないあんぽんたんだから? いやいや、日本人はそんなことをしない民族なのだと、最近つくづく思う。

◎プロフィール

さえき あさみ
『奇跡のバナナ』(田中節三:著)を読む。バナナよりカンブリア紀の生命の爆発について興味を抱く。

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