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エッセイSP(スペシャル)

営業力

吉田 政勝

2021年7月26日

 数年前のラジオで、作詞家のなかにし礼氏が「作詞の仕事で営業をしたことがない」と述べていた。流行歌のヒットメーカーだから注文が次々と殺到したからだろうと解釈した。
 話しをさらに聞いていると、そうではない。仕事の営業にまわれば、力関係が相手側に強くなるので、相手の言い分を聞きすぎて作詞が月並みになると言うのだ。依頼主から大ヒットした「あのような詞をイメージに」と要望されるが、礼氏は過去の作品からの脱皮を試みて「少しでも新しい歌をと挑戦してきた」と説明した。
 どの業界でもお金を払う側の主張が強くなる。商品の消費は依頼主の需要とは必ずしも一致しない。大衆という消費者を念頭において、礼氏は質を高める努力をする作詞家だったのかもしれない。デザイナーもまた、しかりだ。
 20年ほど前に旭川で、世界的に著名なグラフィックデザイナーの松永真の講演を聴きに行った。私は懇親会にも顔を出した。
 「松永先生ほど著名で実績のあるデザイナーは、自分の意見が通りやすく仕事がしやすいのでしょうね」と私は率直に訊いた。すると、
「いやいや、そうではありませんよ。会議では意見交換、説得の連続です。楽な道はないです」と応え、「デザイナーは日々闘いです。がんばりましょう」と励まされた。
 私は42歳でデザイン事務所を設立したものの仕事を求めて営業をした覚えがない。へたに営業で動けば、顔見知りのデザイナーや世話になった営業マンの仕事を奪いかねない。限られた地方都市のデザイン市場だ。
 ただ、舞い込んだ仕事を丁寧に仕上げた。同級生が「壁画のデザインを」と持ち込んでくれた。役場の観光係長に「今度も頼みます」と依頼された。まち作りイベントのリーダーたちが町内在住の別のデザイナーを重用していたが、やがて私が指名されるようになった。デザインへの愛があったからこそ常に新作の質向上に腐心した。
 私の場合、営業力だけではなく、周りの人々の「押し」によって仕事がつづけられたと思う。

◎プロフィール

(よしだまさかつ)
商業デザイン、コピーライター、派遣業務などを遍歴。趣味は読書と映画鑑賞。

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