No.1,556
2023年2月20日
トルコ・シリアの大地震より10日過ぎ、4万人以上の死者が出ているとの報道。東日本大震災から来月で12年、現状でも2倍の人々がお亡くなりに。身内の方々の心痛は、それぞれこの先の人生が果てる迄終わらない。
第二次世界大戦終決から78年目であり、年々少なくなりし経験者方のテレビ番組での嘆きを時折視る。皆さん、同様に78年前の戦友を語っては涙する。生れてから在る幾多の出会いと別れが、人生の全て。
頭の中の記憶が、一生の内に数限りなく引き出されては咀嚼される。確かに記憶は、人それぞれ都合の良い様に書き換えられもしましょう。苦しい事からは離れ忘れたいといった無意識の意識が明日へ誘ってもくれましょう。
ウクライナでの戦争が1年以上続いている。毎日のように何人もの人生がこの世から、引きはがされている。そして、数多の人々がその哀しい記憶に又この先の時間を占拠されることか。
何時からだろう、こんなにも悲観的な自分になってしまったのは。年を重ねる、って言う事がそうさせたのだろうか。それとも時代のせいなのか。脳内幸せホルモンが尽きてしまったのか。その答えが知りたくて、若い人達の表情を眺めてみる。自分が毎日のごとく、ひたすらに楽しかった年頃を生きている今の時代の人々を。
しかし読み取れないのは単に、マスク姿のせいなのか、同調圧力強き時代のせいなのか。暫く笑っていないなー、笑っている場合でないもないよなー。
今月末に音楽仲間で友人のさかいゆう君が帯広のライブハウスへ歌いに来ます。ボクが月に一度歌っている場がそこで、3年前に彼が場の下見にやって来た時、たまたまボクが歌っていたのが縁。
彼の歌う『君と僕の挽歌』って言う曲を、10数年前にカーラジオで耳にし、記憶し以後も聴き続けていた。偶然も偶然でしたが、その時二晩続け、市内繁華街で共に飲み歩き、楽しんだ。
この本号を、再び飲み歩き途中にコンビニで買い、渡している事でしょう。『久し振りに笑える時間を背負っておいで』四国は土佐から。