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エッセイSP(スペシャル)

締切

吉田 政勝

2023年5月29日

 仕事には締切がある。
 あるいは商品の納品日もそう。注文した後で「そのうち出来るはず」との連絡では依頼主も困るだろう。約束を守るのが社会のコモンセンス(常識)である。
 私が生業としたデザイン業界でも納品までは締切の綱渡りであった。いつも余裕のある仕事ばかりではない。コピー文や写真などがそろってデザインに着手できる。社内の校正をへてクライアントがデザインを目にする。データを約束の日に印刷所へ持ち込まなければならない。印刷機を空けて刷り職員が待っているのだ。インキが乾いたら製本作業もある。その後は製作物の配送だ。
 20歳前に、私は札幌の出版社に勤めていた。締切を守らないルーズな年上の営業が数人いた。彼らは私の机に近づいて小声で「すまん、今月の広告の原稿が遅れる。待ってくれ」と耳打ちした。若いデザイナーが、それを拒絶するのは不可能だった。
 また別の月は「地下鉄竣工」で各工区委託建設会社名と住所を入れて、地下鉄の平面図を描く企画広告があった。残り5日間の制作期間だった。
「間に合うわけがない。せめて図面だけでも先にほしかった」と私は抗議するうちに、涙が流れた。
 翌日、その企画を指揮する課長は部屋の壁際で、私にささやいた。
「苦労かけてすまない。この企画広告が終わったら、君にもお礼をするから。欲しいものないか。冷蔵庫はどうだ」数ケ月が過ぎてもお礼など履行されなかった。
 音楽祭のプログラム制作でも苦労した。実行委員の多くがプログラムに載せる広告を集めてきた。締切後も次々と届く広告原稿にあせった。実行委員の会議で「締切を守って!」と厳しく伝えた。徹夜作業がつづき、疲れと寝不足で私は疲労困憊になった。
 締切後の工程は製作というゴールが近く余裕などない。追い込まれての制作は雑になり、ミスにつながるのだ。
 締切を守らず、共同作業に向かない人と組む仕事を私は回避してきた。

◎プロフィール

本の執筆も編集も販促PRも自作だ。自分の能力を信用しつつも、ミスを招かないかといつも自分を疑っている。

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