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エッセイSP(スペシャル)

心をキャッチ

冴木 あさみ

2023年10月 2日

 札幌の街は老朽化したビルの建て替え工事で、いつの間にかビルが無くなったり、新しいビルがそびえていたりと目まぐるしい。そんな中、7月の開館前から市民の注目と期待を集めた場所がある。街のど真ん中に建つ複合施設の中の水族館aoao sapporoだ。札幌で最も新しい名所としてのキャッチコピー。
《生命のワンダー~見えないものがみえてくる~》
 ソウルフルで斬新なコピーだ。見えないものって何だろう。辿り着いた人だけが見つけられるもの。まるで『星の王子さま』の一ページのようだ。
 やられたなと思いきや、おたる水族館も負けてはいない。aoao開館前、地下歩行空間(通称チカホ)に堂々と巨大ポスターを掲げたのだ。イラスト無し。写真無し。黒々とした太い文字が目を引いた。《札幌狸小路に都市型水族館aoao sapporoがいよいよオープンだって! 道民は新しもの好きだからみんな行くよね... でもね、かならず帰ってきてね~〝おたる水族館〟》
 一瞬立ち止まった。心がキュンとして目がウルウル。おたる水族館のファンになった一瞬だった。
 やっと秋めいたある日、数年ぶりに小樽行きの高速バスに乗り込んだ。誰も、どの魚も私を待っているはずもない。でも、行かなければという気持ちになったのは、もちろんあの横長のポスターのせいだ。小樽駅で水族館行のバスに乗り換え二十分。バスを降りて急な坂道をひいこら上り、足腰が弱ったことを実感する。一人で来たのは今回が初めてだ。改めて感じたことは、連れがあると楽しいことは楽しいが、おしゃべりもはさむのでじっくり魚の観察をしていなかったことに気づいた。
 おたる水族館は崖の下にトドやセイウチ、ペンギンなどが暮らす海獣スペースがあるのが面白い。バリアフリーを完全無視した急な坂を、転げないよう降りなければならないのが難儀だが。海中に設けられた仕切りは自然界と水族館を隔てている。柵の向こう側には広い海原。柵の内側の狭い世界で、観光客に向かって愛らしい芸をするトドたち。季節になると数百メートル離れた岩場にトドの群れが休みにやってくるという。それを知ってか知らずか、毎日ショーで愛嬌を披露して、ご褒美の魚をもらう水族館のトド。安全な水族館という内側に対して、外の世界は餌も安定しているわけではないし、いつ何時絶命の危機にさらされるか分からない。でも自由がある。トドに意思を伝える能力があるなら、どちらの世界を選ぶだろう。自由には危険がつきもの。それは自然界の動物に限らず人間も同じこと。命あるものの宿命なのだ。
 「おたるに帰ってきたよ。生命のワンダーにも少し触れたよ。」
 夕暮れの潮風はもう冷たかった。

◎プロフィール

おたる水族館内には他にも面白いコピーを見ることができます。ここでは教えない。実際足を運んで探してね。

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