よみがえり
2025年2月10日
健康には気を付けてきたつもりなのに、不覚にも病院にかかることになった。何度か点滴で通院していたが、先日思いもよらない事件が起こった。
点滴開始から三十分ほど経ったころ、胸が締めつけられ、と同時に呼吸困難に陥る。息苦しさはゾッとするほど、急激に悪化していく。
「ハア、ハアハア...」
酸素吸入の効果は全く感じられず、次第に視界がぼんやりしていく。
看護師が何人も周りを取り囲み、その先に担当医師が指示しているのをうっすらと確認できたものの、なす術はないと確信した。
「ハァ...ハァ...、ヒィ!」
恐怖漫画などで、断末魔目を見開いて「ひぃぃ~!」と叫ぶ場面があるが、あれは本当だ。まさにこれが私の断末魔か。ならば早く逝かせてほしい。楽になりたい。
私は意識を失った。
薄暗い中に女性の顔が見えた。
「ここは病院ですよ。分かりますか?」
私は軽く頷いた。
「今は夜の三時です。あれから十三時間経ってます」
理解できたのでゆっくり頷いた。また眠りに落ちた。
翌朝すっかり目覚めた私は、ベッドの上で身動きができない状態にいることを知る。ここは集中治療室、ICUだ。よくスパゲッティ人間と表現されるが、体のあちこちに様々な管が繋がれていた。口には太いカテーテルが挿入され、その上から酸素吸入のマスクがはめられている。
ほどなく担当医師が来た。投薬によるアナフィラキシーショックらしいと、ごく簡単な説明だった。そのうち日勤のICUのスタッフが出勤してきて、入れ代わり立ち代わり私の顔に覆いかぶさるほど間近に顔を寄せて声をかけてくれる。
「戻ってこれて、よかったですねー」
「本当に、死んでたからね」
「心臓マッサージしながら入ってきましたよ。テレビドラマで見るあれですよ」
「胸、痛くないですか? かなり長いこと心臓マッサージしてましたから」
「この状態で脳障害もなく戻れる人はあまりいませんよ、強いね」
「私が服を切って脱がせました、ごめんなさいね」
それぞれの一言を繋げ合わせると、自分がどういう状態で、どのようにスタッフが関わってくれたのかが分かってきた。生還を喜んでくれたスタッフの満面の笑顔はまた、一人の命を救えたICUスタッフの達成感の笑顔でもある。
「新たな人生を思い切り楽しんでくださいね」
寝ていただけの私は、ドラマのような緊迫した現場を知らない。当の本人でありながら、スタッフと感動を共有できずにいるのが残念だ。ただ、ずっと思っていた事を実証できた。
死は安寧であり、死ぬまでの経緯こそが恐ろしい。
◎プロフィール
●作者近況
さえき あさみ
ICUの医師、スタッフには心から感謝している。三途の川も花畑も、死んだ者たちに会うこともなかった。