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エッセイSP(スペシャル)

N先生の思い

吉田 政勝

2011年12月26日

 最近は、愛読書や仕事の資料などを思いきって捨てている。生活をシンプルにしたいと考えて片付けている。
 年賀状を書いていると、脱退した団体の役員への返礼を出すべきか否かと迷う。喪中を機に縁遠い関係も見直したくなる。
 三年前、秋田市に住むN先生から喪中はがきが届いた。五月に長男のTが三十七歳にて永眠いたしました......と記されていて驚いた。N先生名の左にはやや小さな活字で「今後、年頭のご挨拶を終わらせていただきます。ありがとうございました。お許しください」と印刷されていた。  
 それ以前にいただいた手紙には、N先生の長男はアメリカで医師をしていると書いてあった。その文章から自慢の息子に思えた。その長男を亡くした喪失と絶望がよく理解できた。
 N先生と知り合ったのは、いじめ体験集を読んだときだった。その中でN先生の体験記に感銘して私は思わず手紙を出した。その後、A四の封筒にN先生の教育活動の文集や新聞応募の最優秀賞の記事のコピーなどが送られてきた。N先生の楕円の顔写真が美人で、聡明さが現われていた。引用許可をいただいていたので、ここで感動を共有したい。

 N先生が退職して八年が過ぎた師走だった。買い物帰りのバスの中でだった。「先生、久しぶりです」と声をかけられたのは見上げるほど大きな青年だった。M君だった。N先生が障害児学級の担任だったころ、彼は小学二年のクラスに加わり、卒業までの五年間を過ごした。
 当時のM君は、多動で席に着こうとせず、よく教室内を走り回っていた。普通学級との合流で横断歩道の渡り方などを学ぶ時などは、すぐに泣いて帰ってきた。「どうしたの?」とN先生。「だって、むこうの先生が『M君は死んだ』って言ったんだもの」とM君。赤信号でM君だけが飛び出していったらしい。信号の意味がわからずに苦労したものだった。
 家庭訪問では、案内してもらった家は立派な新築の家だった。玄関に手をかけて表札をよく見るとM君の家ではなかった。あわてて引き返し聞くと「先生をいいおうちに連れていきたかった。ぼくの家は古いもん」M君はそんな優しさを持った子どもだった。
 今は、障害者施設の作業所に通っているという教え子と十年ぶりの再会だった。「体に気をつけてがんばってね」そう言ってバスを降りると思いがけないことばが返ってきた。「先生、良いお年をお迎えください」その言葉を聞いたとたん、N先生はうれしくて涙があふれ、いつまでもバス停に立ちつくしていた。

 私はそのN先生の体験記を読んで思わず泣いた。やさしい人柄のN先生だからこそ、子どもたちは心を開いたのだろう。それゆえに感じやすいN先生は傷つくことも深いと思った。

◎プロフィール

スヌーピーは犬の姿なのに、自分を犬でないと思ってる。
趣味は小説を書くこと。スヌーピーは私か?

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