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エッセイSP(スペシャル)

ことばは力なり

梅津 邦博

2012年5月14日

 さる飲食店でコーヒーを飲みながらマスターと話をし、自分に病巣ができたので入院手術をする話を伝えた。
 彼は、「良性だと言っているけど、開けてみたら『これはダメだ』といって手術できない場合もあるしな」と言い、そして「惜しい人をなくしたよなァ…」と笑った。
 気心を知っている間柄であっても、だからといって何も要らぬ冗談を喋ることはないのだ。職人のせいなのか偏屈さもあるし軽口をたたくところもある。結局は口先だけで、残念なことだった。
 その店にときどき来る自営業の客がいて、親しいわけでも付き合いがあるわけでもないが、ぼくが入院することをマスターから聞いたらしい。
 「ところで先生は誰なんだい?」
 彼も同じ病院になんらかの病気で入院していたのか、そう尋ねてきた。聞かれたので、お世話になっている先生の名を言うと、
 「え、だめだよアレは…」
 「あんた何を言ってるんだ!」
 これから手術を受ける立場にしてみれば命を預けるわけである。この先どうなるかわからないし、ましてや相手は医者としてどんな人間なのかなどいっさい知らないのである。患者側からすれば大きな不安もあるというのが正常な神経ではないか。そんな状態にあるときにでたらめな不用意なことを言われるのは不快きわまりない。
 本を読まない人があまりにも多い。そのせいもあってかことばが貧弱なのだ。ことばというものを知らないということは、その言語の深さや思想性というものなどがわからず、物事について考察のしようがないことを指す。骨格が成立していないためにガサツで軽口をたたいてしまうことになるのだ。

 正直言ってぼくは落ち込んでいる日々だった。病名を告げられたときは大変なショックだったが、身内が何かと励ましてくれた。
 「みんながついているから心配しないで」「神様とお医者さんにおまかせするのがいちばんだよ」
 などと言ってくれた。
 弟が来て、ぼくは結果を知らせた。彼は少し間を置いてから、
 「だいジョーブだぁ、たいしたことないんダァ…」
 と間延びした言い方をした。ひとごとみたいに聞こえたが、彼が帰ったあと、口調を真似て二度ほど言ってみた。
 不思議と元気が出てきた。大丈夫かも知れない、と思った。
 やはりことばは力なりなのだった。

 手術が終わって麻酔から醒めたとき、ドクターは顔をのぞかせながら「手術は成功しましたよ。すべてきれいに摘れましたから」、と言ってくれた。生還したような思いが体じゅうに静かに巡っていった。

◎プロフィール

自営業。文筆家。著書、銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。

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