銀色の陽射し
2012年8月20日
冬の対極にある夏を迎えたが、陽が強く耀く季節なのにいつもの夏とは少し違う。鮮やかな金色の陽射しに違いないのに、いくぶん冷やかな心地があるせいかなんとなく「銀色の光」にも見えてしまうことがある。
昨秋、頭部に腫瘍が発見されたとき、その衝撃は静かだが軀の奥では重く苦しいものに圧しかかられてしまっていた。黯く落ち込んであらゆることが灰色に感じられてたまらなかった。自らの存在および主権が侵されたわけである。
偶然という言い方があるが、そうではない。
「一切は必然にして偶然なし」
なのだ。
自らに起こることはすべて自分に何らかの因があるからではないか。病巣が出来たのは肉体的なことだが、それ以前のことがあると思っている。想念の至らなさやあるいは外界のいろんな物事に接触することで、何かが我が身に起こって出来たに違いないのだと考えられる。人は特別な存在ではあるけれども、だからと言って好き勝手な言動を振舞っていいわけではないのだ。
崖っ縁に立たされた思いがし、静っとしていられなかった。脱け出したくてどこかへと歩いてゆくが、力がなくトボトボとしていた。寂寥とした世界に閉じ込められてしまっていた。自分のさまざまな不徳の致すところなどを反省するほかないのだった。見えざるものが自分を襲っていることになんとかしなくてはと考えてゆく。どこかに希望や道標があるはずではないか、小さくてもいいからそれらを一つひとつと見つけてゆかなくてはならない。
考えてみれば自分は生かされているのだ。歩くことも、ご飯を食べることも、仕事もさせてもらっている。だったら可能性というものがさらにあるのではないか。とにかくいま立っている崖っ縁から離れるようにしてゆっくりと踏み出していった。
眼を瞑ると、何かが浮かんできた。小麦や牧草の十勝ロケーション、札内川とその水面下で泳いでいる魚たち、雪原の凍て付く大地、遙か彼方へと拡がる銀青色の大空、などの美しさを細かく思い浮かべると生命の気が滲んで動き出す。思いや言葉や動きは力を醸成してくれるところがある。不安や苦しさを少しでも抑えつつ想念転換してゆかなくてはいけない。
その後、幸いなことに結果は良性で、手術も成功した。新しい生命を戴いたな、と思った。そうして順調に回復させていただいてきたのだった。
初夏の青い空が広がっていたある朝のごはん時、母が、感じ入るように言った。
「しかし、よく大病を乗り越えて元気になったねぇ」
「すみません。大変なご心配をお掛けしました」
元気になったとはいえ、胸底ではうすい静寂としたものが漂っているが、とにかく新しく生きていかなくてはならない。
◎プロフィール
自営業。文筆家。
著書、銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。