深夜の帰宅
2012年9月24日
夜の勤務を終えたのが24時を過ぎていた。車で帰宅する途中だった。霧雨が降っていたので、ワイパーを低速でまわしていた。国道に向かっている、やや左前方の歩道を若い女性が傘もささずに歩いていた。
薄暗い歩道を若い女性が一人で歩く奇異さをおぼえた。一瞬、さまざまな思いが頭をめぐった。彼氏と口ゲンカして送っていらないと言い放って彼の部屋を飛び出してきたのか。それとも職場と自宅が近いので歩いて通う人なのか。たまたま残業になり帰宅途中だったのか。通りすぎた後で気になり、引き返して声をかけようか、という気持ちもあった。下心のない単なる親切心で行ったことが裏目に出ることも想像した。単純な心配を案ずる気持ちが相手や周りに、そうは受け取られないこともあるのだ。送りオオカミではない、とことわり車のウインド越しから、どこまで行くの送るかい、と女性に声をかけるのも躊躇する。なんだオヤジじゃん。送ってなんかいらないよ、
と冷笑されるのも不愉快になる。車のブレーキを踏むこともなく、引き返すこともしなかったが、妙に気になった。
元銀行員に聞いた女性の深夜帰宅の話は、別の意味で人間の悪意さを感じた。S子さんは、銀行業務で最後の数字が合わなくて残業をしていた。遅くなったので、同じ方向の男子職員が車で彼女を送ってゆくことになった。薄暗い通路を歌を口ずさみながらS子さんは車に同乗した。だが、その男性職員の親切さが思わぬ方向にねじ曲げられていた。
ある日、S子さんは、その銀行の役員に呼ばれた。きみは何をやったんだ、銀行内で噂されている、と彼女の仕事振りを評価していた役員は質した。S子さんはなんの意味かわからず逆に訊ねた。どうやら残業の後の一件が、男女関係にあると伝えられていたことが判明した。根拠のない話に、むしろS子さんは唖然とした。
噂話を知らないのは当人たちだけで、周りで勝手に脚色され悪意をこめて喧伝されていたことになる。組織内での人間関係は油断ならない。職場ではささいな同僚のミスを針小棒大にふれまわる人もいれば、ライバルを蹴落とすための戦いが少なくない。気をゆるして話した本音が同僚に利用されて伝わることすらある。
銀行内の有能な職員への妬みやよこしまな感情もあったのだろう。S子さんは単なる噂話が理不尽な減給の対象とされた。給料日のたびに彼女は悔しさを思い知らされたという。S子さんはやがて寿退社した。
その数十年後、新聞の銀行人事発表でかつて噂になり窮地に追い込まれた男性職員が役員になったことを知った。彼女は胸で喝采を叫んだことだろう。
◎プロフィール
今夏、甲子園出場を果たした旭川工業高校の1塁手、栗栖大輔君から甲子園の砂が届いた。仕事上知り合った多生の縁。その気持ちがうれしかった。