あ、大変だ!
2012年10月 9日
健康上の理由から半年間ほど車の運転をしないようにと言われていた。そのため生業において出張などで廻るときは、母親に運転してもらっている。そのことでどんなに助かっていることかと思うと計り知れない。
が、正直言って本当は心許ないし、可哀相な気もしている。母は元気とはいえ、八十歳を過ぎている。十年以上も前までは、自分の仕事や所用など一人で十勝管内を運転しながら走っていたせいで慣れてはいるのだが。そのご仕事をやめてからは遠出をすることはなくなってきたが、それでもさまざまな用向きで運転はしている。そんなわけで行く先々では運転して廻っていると言っても、年齢的なことを知って驚きの眼で見られているのだ。普通は母のような年齢ともなれば、完全にお年寄りとして家でおとなしくしているかまたは病気など患って入院しているかで、元気でいるということの方が少ないのではないか。
とにかく半年間ほど運転を母に頼んでいるのだが、しかしときには頭が痛いとか重いとか言うことがあるのだ。誰しも歳をとればそれなりに頭痛くらいあるだろうけど、でもそんなことを言われると返って気になってしまうではないか。人生には不安や心配がつきものだ。もし何かがあって入院なんてことになったら一大事で、ぼくの仕事がストップしてしまう。なんでもないことを祈るほかないし、とりあえず病院へ検査くらいには連れて行こうかなとも思ってみる。
あるとき、いつものように母の運転でどこへ向かっているんだったかとにかく地方を走っていた。後部座席には何故か弟が乗っている。天気の良い穏やかな日だった。そのうちに突然母はハンドルを握ったまま身体をぼくの方に寄りかかって来たのだ。振り向くと、眼を閉じていて車は側溝に落ちようとしているではないか。びっくりして、
「母さん危ない!どうした、落ちるではないか!」
と身体を起こしつつハンドルも少し戻しながら、うしろの弟にも呼びかけるが眠っているのだ。
「起きろ!起きろ!」と言っているのに眼が覚めず、斜めに振り向きつつ顔を叩ても起きない。
「大変だ、母さん何か起こったのか? 母さん!」
と何度も呼びかけていた。
ぼくはグッタリして汗をかいていた。暑い陽射しにまみれながら大きな溜息をした。いつの間にか部屋で居眠りをしていたのだ。西日が籠もっていた。あわてて階段を下りて茶の間へ向かい、息急き切りながら、
「母さんだいじょうぶか!」
「なんなのオマエは、うるさいねぇ」
と、乾いた洗濯物を畳んでいた。
ぼくは大きく息を吸って吐き出し、洗面所へ行くと水を出したまま顔を洗った。
やがてぼくの運転は復活したのだった。
◎プロフィール
帯広在住。自営業。文筆家。
北海道新聞十勝版「防風林」執筆同人(平成十六年から六年四ヶ月間)。
プラスワン「エッセイスペシャル」執筆同人。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。
趣味=素潜り、映画、旅、風景鑑賞