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エッセイSP(スペシャル)

久し振りのカツ丼

梅津 邦博

2013年4月 8日

 早春の突き抜けるような青空の昼、「カツ丼」が食べたくなって出かけた。
 カツ丼。なんという力強さと旨さが漲る響きであることか。夢と希望の世界が感じられ、どんぶり物のなかでなんと言われようと「天下のカツ丼」なのである。食べに行くときは期待感が高揚してならない。たとえばそれはもう少しで山の頂上に着くと見渡すかぎりの新しい世界が見えるかもしれないという期待感、好きな女性にふられそうになったのが上手く縒りを戻せそうになってきたこと、などというのにも似ている。

 とある大型店に入り、さるレストランの前に来たら、入ったことがないのに足が店内へ向かってしまった。席に着くとそっけない表情のウェイトレスが来たが、注文をした。
 ともかく頭ん中で想像しただけで気分がワクワクしてしまうではないか。どんぶりの形状と柄模様。盛られたご飯の雰囲気。カツの状態および衣であるキツネ色になったパン粉の揚がり具合。その包まれているロース豚肉の肌理の表情。それらの上に溶いた玉子でとじたその状態。
 ご飯がたったいまチンと鳴って出来たばかりの、濡れ過ぎて柔らか過ぎるようなものではイケマセン。硬い肉もゴメンです。肉厚は厚すぎても薄すぎてもダメなんです。玉子を溶くときは完全に溶かないで、白身の部分が三割くらいある方がいい。それにきざみノリや三つ葉などではなく、グリーンピースが三粒くらいのっかってあればいいな。以上そういうふうにつくられていると良いのだ。やはり生命感と節度があって庶民の夢が表れていなくてはならないのである。
 そんなカツ丼を、働いてる父ちゃんや兄ちゃん等が昼休みに箸とともに手に持ってうつむきながら食べているさまは、素朴で小さくも楽しさのあるホンワカとした幸せな姿に見えるではないか。
 ふり向くとカツ丼が運ばれてきて、眼の前に置かれた。
 しかし、暫し見入ってしまった。気分がおとなしくなってきた。とりあえず箸をつける。
 とじた玉子はそれなりにみずみずしくいくぶんトロリとしていなくてはならないのに、すこし煮過ぎて乾涸びはじめていた。カツをかじると硬さがあり、しかもご飯はベタッとなっていて、ツユだく過ぎて底に汁が溜まってしまっている。気持ちが重たくなった。なんとも致し方なく、悲しくなってしまった。
 (まいったなぁ、ちゃんとつくってほしかったなぁ)
 ぐじゅぐじゅと見っともないが、出来てしまったものは仕方がない。仕切り直しでリセットし、どこかにあるであろう旨い店をさがさなくてはならない。ここはという店があれば、とりあえず安心したいな。

◎プロフィール

帯広在住。自営業。文筆家。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。
趣味=素潜り、映画、旅、風景鑑賞

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