アルバイト
2014年4月14日
高校生のとき、映画をたくさん観たくて小遣い稼ぎにアルバイトを探すことにしたが、求人情報誌などない時代だった。
駅前通りのような目抜き通りみたいな場所では雇ってくれそうもない気がする。それ以外のところで問屋とか商店などを当たってみることにした。大通りのおもなところを一軒一軒尋ねて廻るがどこも断られ、とある酒屋の前に来た。中に入ってゆく。
「ごめんください!」
「あいよォ! なんですか」
奥からオヤジがスタスタとやってきて、にぎやかしい喋り方だ。「千歳鶴」と染め抜かれた紺色半纏を羽織って下は替ズボン、手に軍手を嵌めていた。
「あの、アルバイトを探しているんですけど…仕事ありませんか」
「キミ、いくつなの?」
少し顔が後ろに下がったような感じで見ながら訊く。なんだかウルサイ感じのオヤジさんみたいだった。
「十七です」「高校生かい、んーっ…ま、じゃぁ、明日から来てくれる?」
実に単純明快な思いと行動によってバイト先が決まった。翌日から、オヤジの運転で軽トラに乗り、酒を配達に街中の飲食店廻りをはじめた。最初はオヤジが酒を運んで各店ごとにどう対応してどこに置くかということをやって見せた。
次の日からはぼくが運ぶことになった。荷台からビール一ケース二十四本入りを引きずり出して縁に腰を寄せ、上体を反対側へ傾けながら載せ気味に片手で押さえ、反対側の腕でバランスをとって前後に振りながらして運んでゆく。
駅近くの小路の古い建物の地下にスタンドバー「R」があった。カウンターだけの小さな店で、秋のある夕暮れ時にウィスキーなど届けてと連絡が入り、オヤジが車を出してぼくは飛び乗った。
店内は少し暗くてスポットライトなど色付きの照明があり、ママさんはまだ来ていなくて若い女性がいた。わりと美人でダーク調の細いワンピースが似合い、商品を渡すと礼を言って出た。
彼女に会ってみたいという気がし、ある日の夕方にちょっと出かけて行った。
「いらっしゃ…あらァ…」
ぼくは戸惑いながらカウンターの丸椅子に腰掛けた。
「あの、ちょっと来て見たくてさ…」
「よく来たわねぇ、何か飲む?」
彼女はニッコリとしていた。開店したばかりで客はぼく一人だ。バーというところは、魅力的な女性がいて、それにどこか怪しげな雰囲気もただよっていた。バイオレットフィズという紫色のカクテルを注文し、少しずつ口にして彼女の顔をチラッと見ては俯いていた。口下手なぼくはたいして話も出来ず、まもなく帰って行った。やはり高校生が行くところではないな。
しばらく仕事をつづけてバイト代をいただくと辞めた。週末のたびに、映画を何本か観に行った。
働くことはさまざまなことを見聞きしたり、しんどいことなども受け入れなくてはならない。気楽なことでもない。
◎プロフィール
帯広在住。自営業。文筆家。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。
第二作品集、銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)が三月十四日に発刊されました。喜久屋書店、ザ・本屋さんにて、どうぞ宜しくお願い申し上げます。