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エッセイSP(スペシャル)

心鎮める

冴木 あさみ

2014年7月 7日

 毎年カレンダーを7月に変える時「ああ、今年も半分が過ぎてしまった」と思うのは私だけではないだろう。先日行きつけの中華の店で生ビールを一杯飲んだ後ふと思い付き、その足で百円ショップへ行き写経のテキストと筆ペンを買って帰った。
 思えば今年の抱負の一つに写経を挙げたのは、昨年末偶然そのテキストを見かけたからだ。新年に向けての売れ筋と目論んだのか、客を出迎えるかのように店の入口の棚に並べられていた。こんなものも百円で販売しているのかと少し驚いたが、以前から写経に興味があったのでこれは何かの縁と「今年やること」の一つに加えた。ただその時は買わなかった。高尚なものだからもっといいものを使いたいという気持ちがあったからだ。しかし密かなブームとはいえ、そうそうあちこちで売っているものではない。なかなか探せないでいるうちに半年過ぎてしまった。そうこうしているうちに残りの半年などまたあっという間に過ぎてしまう。年々一年が短くなっていく気がするし、とにかく始めなければ。
 値段は百八円でも中身はなかなかのものだ。写経の練習帳と書かれた表紙には「心をときほぐす」という吹き出しが小さく添えられている。写経は読経や座禅と同様に身近に行える仏教の修行のひとつだが、落ち着いて文字を丁寧に書く行為自体にリラクゼーション効果があると脳科学の分野でも研究されているらしい。私は障害者支援の仕事をしているが、なぜか健常者との関わり方のほうにストレスを感じることが多い。仕事帰りに生ビールを飲む回数が増えたのは、暑いという理由だけではないなと最近感じているのだ。おっさんじみたストレス解消の方向改め、これからは筆を手に般若心経を書き写すことで心を鎮める。想像するだけでも心が浄化されるようだ。人間としてのステージが上がりそう、いやいやそれこそ愚かな錯覚と首を振る。
 テキストには美しいお手本の文字が並び、ペン字と筆の二通りの練習ができるようになっている。現代語訳と解説がありお経の内容も理解できるのがいい。二千年以上も前から引き継がれてきたお釈迦様の言葉に、文明がどんなに進化しようとも昔も今も人間の抱える苦悩の根本的な部分は変わってはいないのだなと思う。
 私には菩提寺もなく仏教徒でもない。それでも遺言を残さない限り死んだら仏式で荼毘にふされるだろう。人生長いのか短いのか、そんなことをぼんやり考えながら写経の一ページ目、懺悔文(さんげもん)という文字から写経を始める。

◎プロフィール

さえき あさみ
札幌市在住。福祉施設勤務。
写経・手話の勉強・南の島への旅行が今年一年の計。

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