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エッセイSP(スペシャル)

何の楽しみがあるの

梅津 邦博

2014年7月14日

 さきおととしの秋、体内に病巣が発見され、主治医から言われて酒類を飲まなくなった。良性だったことで手術後問題もなく順調にきている。しかし気持ちの中では、本当に飲んではいけないのかななどとあれこれ考えてもいるのだった。
 何人かの人から聞いた話によれば、ぼくと同じ病気をされた方でも退院してさっそく飲んでいる人もいると聞く。ある医者は「少しぐらいならいい、深酒しなければいいんです」とか。別の友人の医者に至っては部厚い医学書を片手にしながら、
 「酒を飲んだらダメだなんてどこにも書いてないぞ。オレだったらそんなこと気にせずに飲むけどな」と言うのだ。
 とにかくいろんなところからいろいろと聞かされていた。
 友人のTは、ぼくがノンアルコールビールを飲んでいるのを横目に張り合いがないらしく、二時間もしないうちに「帰りましょうか」と言う。そして寒風吹き荒ぶなかを歩くのが好きなぼくに合わせて歩いて帰るのだった。なんだかわるいみたいな気がした。
 御神酒という言葉もあるわけで、神様が創られたものには違いないし、ときおり飲んでみたいと思うことはある。厳寒の夕暮れ時の美しい空模様にウィスキーを、燃えるような夏の熱気に冷たいビールを、と少しは飲りたいとも思う。

 二十歳から酒を覚えて以来、浴びるほどに飲んできた。考えてみれば酒が楽しいなんてことはあまりない。ただ惰性で飲んできただけで、むしろ至らない生き方をしているせいで暗くなってしまうことが多かった。あれこれ思い、いつしか酒は辞めたいと思うようになってきた。それが病気になったことでチャンスだと思った。
 数年前のスポーツ新聞に、美輪明宏のトークが連載されていて「酒は諸悪の根源である」とさまざまなことを説いていた。読んでみてまさしくその通りだと納得した。
 何人かの友人からは、「酒も飲まないで何の楽しみがあるんだよ」と教養もないことを言われた。
 「何を言ってるか。愉しみなんていくらでもあるではないか」
 映画を観る、書籍を読む、美しいロケーションを眺める、等々いくらでもあるのだ。愉しさというものは自らの心のありようなのだ。酒しか愉しみがない人生など悲惨ではないか。ま、酒があることによる潤滑性のやすらぎもあるだろうけれど。
 しかし惟みれば、酒を飲んで酔いにまかせて楽しいとはどうもサイコシス的ではないかという気がしてくる。心身が弛緩してだらしがないこと極まりない。
 果たして飲まないままでいくのか、それとも何かのきっかけで解禁日がやってくるのか、誰にもわからない。実のところここまで来て、
 「いまさら飲めるか」
 という反発心もあるのだが。

◎プロフィール

帯広在住。自営業。文筆家。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。

第二作品集、銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)が三月十四日に発刊されました。喜久屋書店─ザ・本屋さんにて発売中です。

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