おもてなし
2014年9月29日
私が持ち歩くかばんの中に「吉田様」という宛名の茶封筒が入っている。これは1年ほど前に温泉フロントで接客していた時、自分に届いたものである。
ある日、職場の鍵のかかるひきだしに、私宛の封筒が入っていると同僚が気付いた。いつ?、誰が?、と周りに問うが、誰も知らない。少し前に急に退職したMさんがお客様から預かったものらしい。
クレームか?。立ち合う同僚の冷たい視線を感じながら、私は開封した。
「入浴券届けていただきまして、ありがとうございます。小森」と紙に記されていた。お米券も添付されていた。心がふわりと柔らかくなった。
小森様の名に心当たりがない。もちろん、顔も思い浮かばない。入浴券が2枚に重なっていたので追いかけて届けたお客様は3人ほど記憶にある。あたりまえのことをしたまでで、お礼など恐縮と思う。お客様には快く接して、気分よく帰ってもらいたい。接客業として、いつも心がけていたことだった。
実は、私のお手本とする接客サービスがある。それは、長野の中央タクシーだ。テレビでその会社が紹介され、私はすっかり共感した。
今、地方で経営するタクシー会社の9割が赤字といわれる。だが、この会社は近年、経常利益は過去最高を記録している。車両数は百台ほどだが、売り上げは約15億円で県でNO1なのである。
中央タクシーのお客の9割が電話予約だ。街をながしながら客を見つけるスタイルとはちがう。一度でも乗ればほとんどの客がリピーターになる。その人気の秘密はどこにあるのか?。
中央タクシーのドライバーは皆、親切すぎるほど親切なのだ。高齢者にはさっと手を貸し、さりげなく買い物袋を運ぶ。お客の落し物を戻ってまでさがす。お客が求めていた商品を、後で買い物をしてまで届ける。タクシー業務と関係ないことを、お客のために親身になって行うのだ。そして、車内の会話を通してお客の家族のことを気にかけ、近距離でも喜んで運行してくれる。
そんな中央タクシーには、客からのお礼の手紙が多く舞い込む。客から感謝されるサービスを支えているのは、驚くほど仲の良い社員たちの人間関係だ。中央タクシーは離職率がわずか2%弱だ。
宇都宮会長は「お客様のためなら小さな損をしてもいい」という考えだ。
社員同士の仲の良い人間関係が、おのずと思いやりのある「おもてなし」につながり、顧客までも幸せにするという好循環を生み出していると思える。
◎プロフィール
(よしだまさかつ)
北海道新聞「朝の食卓」元執筆者。十勝毎日新聞「ポロシリ」前執筆者。ブログは「よしだルーム」。