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エッセイSP(スペシャル)

マザータインデー

梅津 邦博

2015年2月 9日

 テレビでバレンタインデー特集をやっていた。母上がそれを見て、食べたいと言った。そこでFデパートへ行ってきた。地下の食品売場の華々しきチョコレートコーナーは女性客でごった返しているではないか。
 (来るんでなかったな、別の日にすればよかった…)
 オトコはぼく一人ではずかしくてならない。とにかく早く買って帰らなきゃとあれこれ見るのだが、どれがいいのかなと迷ってしまう。
 女性客は十代から六十代くらいまでだろうか。女たちの貌をそれとなく観ていると、没個性的ではつらつとした明るさや魅力などが感じられないのだ。つまりは男たちに魅力がないということでもあるのかな、と思った。
 チョコレートというものはおしゃれにしてプリティで甘さと優しさを感じさせるが、それを意中の人にプレゼントをすることが愛というものを形作ってゆくなどとは到底思えない。
 似たような話しに、節分の日に恵方巻をその縁起の良いという方角に向けてガブリと食べるとしあわせになる、というのも信じられない。また何か困ったことがあると神仏に大金を寄付すると御守護をいただけるという話などますます信じられないのだ。つまりは、商業者などのたくらみであり、利用する側にとってはご利益主義で験かつぎではないか。
 しかし、ま、この際そういうことは置いといて、とにかくチョコは美味しいものである。
 安くてもいいからなんとか見栄えのするものをということで、「メリー」の化粧箱入り「ファンシーチョコレート」を買った。そしてそそくさと離れていった。
 家に着くと、おもむろにもったいぶって、いや、もったいぶることなどないけれど、
 「母上、これ日頃の感謝とガサツさのおわびをかねましての贈物です」
 「そうかい…」
 嬉しそうな微笑をたたえていた。ぼくはお湯を沸かし、リプトン紅茶のアールグレイを淹れて出した。彼女は箱を開封してひとつつまむと口に入れ、優しそうな表情を見せながらゆっくりと味わっていた。
 ぼくは側の長椅子に黙ったまま座り、母上が口にしているチョコがあるていど溶け砕かれてきたころに、
 「いかがですか、お味は」
 「ん、おいしいねぇー」
 と、至極ご満悦のご様子。
 本日は当家における初の「マザータインデー」となったのである。チョコの一口、二口はいかに至福のひとときを与えてくれるものなのかと思うと、贈る方も頂く方も満ち足りた心があふれるのではないか。
 と言いたいが、ぼくはヴァレンティノス司祭のことを思うと、なんだか申し訳なくて跪いてしまうような気分もあるのだが。

◎プロフィール

帯広在住。自営業。文筆家。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)
銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)
喜久屋書店/ザ・本屋さんにて発売中です。

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