No.1,186
2015年6月 8日
衆院北海道五区の町村信孝代議士がお亡くなり、正直な処、道地盤自民党の重鎮でおられる位しか認識が無かったのは多分、どこか取っ付き難い印象を勝手に抱いていたから。数ヶ月前、脳梗塞により衆院議長の職を辞されし折のニュース映像では明らかに、後遺症によりかつての威風堂々姿から一転、ドキドキする程急変を心配する心持になりました。そして七十歳なのですか、北海道に祖父さん父さんと大きな足跡を残された名家の跡取りであり東大から官僚、政治家と絵にかいた様なお坊ちゃま議員氏だったのですね。平均寿命より十年程早く亡くなられましたが、如何なる人生だったのでしょう。
世襲議員へも、一般の商売の跡取りへも、それぞれ御家のレールにひかれし人生を生き切り、やがて終えた方々を見て来て何時も思うのは、「貴方の人生はどうでした?」って。本人も他の人生を歩いていないもの、容易に比較なんぞは出来ませんが、天皇家の人々を見ていても思うのですが血筋それぞれの遺伝子で構成されし命であるからに宿命とは言えますが、それにしても。よく、親からは「お前の人生、好きに生きなさい」とのセリフにも遭遇しますが、コレばっかりは最後如何なる感想を吐露するかだからね、「答えは風の中」だね。
先にも大塚家具の父さんと娘さんとの親子大ゲンカが劇場型で繰り広げられましたが、世間には良くあるケースだけれど「面白いなー、二人とも漫画的存在感でまるでドラマみたい」、と。北海道では大塚家具に馴染みは無いでしょうが、結果的にはマイナス印象より何かほのぼのとした絶大なる宣伝にもなりましたね。今後関東では北海道から大躍進の「お値段以上ニトリ」との激しい攻防も御座いましょうが、世の跡継ぎさん達にはどうぞ、「先代さん達の輝きを誇りとして持ち続けてさえいれば、後は時代と格闘しつつ折り合いをつけて」、結果廃業に行きつこうとも「自分を責めるんじゃないよ!」って空から優しく微笑んでいましょう。