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エッセイSP(スペシャル)

隣の席の人

冴木 あさみ

2016年1月11日

 申年、あなたにとっていい一年になりますように。
 初日の出に手を合わせ今年の抱負を心に願ったでしょうか?もう忘れてしまった?私は今年、一年のスパンで考えず、毎月仕事に精を出し、月ごとに自分にご褒美をあげることにした。こういう心境に至ったのは昨年の師走、演劇を観に出かけたことがきっかけだ。有名俳優が何人も名を連ね、前評判もいいお芝居。一年間仕事に明け暮れた自分に何のご褒美もなく年を越すのは寂しいと、結構な料金だったがチケットを購入した。
 賑わう大通り公園のイルミネーションの中を軽い足取りで劇場に向かった。今思えばその時が一番楽しい時間だった気がする。
 初めて訪れる会場。自分の席を確かめると隣には高齢の女性二人が既に着席していた。二人は母娘らしい。娘は六十代。私の左隣の母親の方は八十過ぎだろうか。この芝居を楽しみにしてきたようで、交わす会話が微笑ましい。
 しかし、開演直後、状況は暗転した。会場の構造上か、役者の声が響く割にはくぐもって台詞がよく聞き取れない。周りからも「聞きにくいね」「会話が分からない」との小声があった。そのうち隣から不可解な声が聞こえ始めた。高齢の母親の喉の奥からグー、グーという音がする。胸が苦しいのか?気管支の病か?笑う場面では声を出して「あはは」と元気に笑っている。時にうんうんと頷くような声。グーグー。私の耳を直撃する。表情をちらちらと盗み見るが、芝居に入り込み満足しているような声にも思える。左耳をスカーフで覆う。二時間その態勢でいるのは無理だ。「シーッ」と囁こうか、それとも「どうか、お静かに」とそっと耳打ちしようか。もう芝居を楽しむどころではなく、ストーリーもさっぱり分からない。母娘をそのままに、休憩時間を機に私は一人劇場を後にした。
 指定席は隣の客の当たりはずれがある。今回に限らず楽しいはずの時間を隣席の人に台無しにされたことが何度かある。一番強烈だったのはきつい香水の匂い。体格のいい人に押され窮屈な時間を過ごすこともあれば、がさこそと飴を取り出すうるさい人もいる。
 忙しい日常をしばし忘れ、別世界の空間に身を置く手段として、旅支度も要らず数時間で完結できるコンサートや観劇は最も手軽だろう。今年は月一度の目標で劇場に足を運ぼう。今回のハズレ席を挽回して楽しい時間を過ごすのだ。たまに外れようとも来月に期待できればさほどダメージもないだろう。毎月ご褒美があるなんて、ちょっと贅沢かな。

◎プロフィール

さえき あさみ
札幌在住。
十勝は温泉天国ですが、札幌市内にも天然温泉がいくつかあるんですよ。週末のリラクゼーションは迷わず雪見露天風呂です。

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