本と映画
2016年3月28日
本の著者に会うことは容易ではないが、本を読むことはいつでもできる。これは著者に会ったに等しい意味がある。
若い時は、太宰治の全集を読み、その告白的文体に夢中になった。野坂昭如、五木寛之、深沢七郎、島崎藤村、宮本輝…と乱読がはじまった。小説を読むことでバカな私が、少しは賢くなっていった。
ことばが貧しい自分に、ことばが身につき、疑似体験も増えだした。本を読むことで別人間になりきれる。独善の視点から相対化へと視野がひろがってゆく。人の生きる道は多様だと気づく。未熟な異端者の私は、世界と人間理解にフロイトやユングの心理学の本を手にし、ルソーやサルトルやウィトゲンシュタインの哲学に刺激を受けた。二十歳すぎから読書量が増えだした。今も月に十冊は本を読んでいる。この読書体験を元に、私にはたしかな書くという営みがあると思う。
今は分厚い本を読まなくなった。これは年齢と関係あるかもしれないが、読書に多くの時間を使うより、DVDで映画を観ることを愉しむようになった。
特に高倉健主演の映画に最近は夢中だ。
「鉄道員」「遙かなる山の呼び声」「海峡」「動乱」など感動する作品が多い。どの主人公も寡黙だが義侠心に満ちている。おさえた感情が佳境で炸裂するのが爽快だ。時には涙ぐむこともある。
健さんの俳優生活の晩年に、中国の偉大なるチャン・イーモウ監督が彼の主演で「単騎、千里を走る」を仕上げた。監督は「高倉さんはあこがれの俳優。実に人間的にも素晴らしい」撮影後、健さんをたたえる言葉が並んだ。
最近、「高倉健という生き方」を読んだ。著者は谷充代さん。谷さんは健さんのおっかけ取材をしていた。海外ロケの「海へ」撮影中の健さんを取材し「ホテルでお茶を…」と誘われた。コーヒーを飲み終わると、健さんは白い封筒を谷さんに渡した。「今、ジェノバはバーゲン中で、何かお母さんにお土産を買ってあげてください」と健さん。「ではお言葉に甘えて借ります。東京に戻ったらお返しします」と紙幣の束を手にして応える谷さん。「何をおっしゃいますか。人に知れたら困りますから返さないでください」と健さん。谷さんは返す言葉がなかった、と記している。
◎プロフィール
(よしだまさかつ)
北海道新聞「朝の食卓」元執筆者。十勝毎日新聞「ポロシリ」前執筆者。「流転・依田勉三と晩成社の人々」刊行。