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エッセイSP(スペシャル)

「平和園」で焼肉

梅津 邦博

2016年6月13日

 早春のある寒い夕方、焼肉を食べに一人で出かける。歩いて帯広駅前の『平和園』本店へ向かった。十勝の老舗で、手切りのジンギスカンなどが旨くて安いことで有名なのだ。いつも混んでいて一時間以上待つなんてことはよくある。

 一人ですることを「一人なんとか」という言い方をよく見聞する。一人カラオケ、一人居酒屋、一人焼肉などという。ニュアンスとして、友達もいないような寂しい人間というふうに見られているのだとしたら大きなお世話だ。そんなことではないのだ。
 四〜五人用テーブルで一人では気が引けるが、平和園では小さなテーブルで向かい合う二人用がある。従って一人で小さくなって食べているみたいなのだが、なにしろ焼肉は脂やタレなどが垂れたり跳ねたり煙が立ち込めたりもするから、人と一緒に食べると落ち着かない。
 焼肉といってもぼくの場合は、ジンギスカンと豚ホルモンくらいである。注文はいつもだいたい決まっている。ジンギスカン定食(ジンギスカン、ご飯、味噌汁、漬物、フルーツ)の他に追加で豚ホルモンとジンギスカンがそれぞれ一人前ずつ、それに生ビールが一杯である。あまりにも旨くてときには肉を追加注文することもあるけれど。とにかく気持ちとしてはこぢんまりとしているが、それでいいのだ。実はぼくにとってこの「一人焼肉」スタイルはストレス解消にとてもいい。
 素朴なホールスタッフの若いおネェちゃん達が、おとなしそうに焼台のガスコックをひねる。マッチをシュッと擦って網目に突っ込み、前後に動かすと火がポッ、ポッと点き、手のひらを少女みたいにサッと振れば全部に点火してゆく。見ていて幸せな気分がしたのだ。なんとなくアンデルセン『マッチ売りの少女』を思い出した。
 肉皿が届き、ジンギスカンとホルモンを箸でそれぞれ三切れくらい載せる。必要以上に載せない。肉が折れたり丸まったりしているのを、箸でチョンチョンと動かして広げる。一つひとつと何度もひっくり返して焼けてゆくさまに気持ちが落ち着いてゆく。最初片面を二割くらい焼き、次にひっくり返して五割くらい焼き、さらにひっくり返して三割くらい焼くのだ。そして仕上げに、表と裏をそれなりにさらりと炙って出来上がる。ぼくの場合はそれが焼き方の極意なのだ。そういったことが、心の窮屈さやささくれや不安感などが滑らかになって解消してゆく心地になる。そしてタレにつけて食べる。
 ささやかなひとときだが、気持ちのなかの不快さなどが澱になって透き通った気分がし、至極満悦なのだ。生きてゆくために必要な店のひとつでもある。
 昭和四十年代の頃、当時の店は今と違って畳座敷の店だった。ふとそのころのことを憶い出した。家族でたまには来ていて、みんなでおいしいジンギスカンを楽しんで食べていた。店の、ぼくの家族の、歴史でもあった。なつかしい。

◎プロフィール

帯広市出身。自営業。文筆家。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)
銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)

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