偉大にして不思議
2016年10月10日
母上は高齢なのだが、どうも世間のかあちゃんとは大きくかけ離れていて、それはまさに不思議にして偉大な御存在としかいいようがないのだ。
真冬の氷点下15度の日でも、時には1枚のセーター姿で晩のおかずを買いにショッピングセンターへ行くのだ。駐車場に車を停め、外を歩いてイオンに向かっているその姿に、すれ違う他の買い物客たちの中には信じられない姿でも見るかのようにあ然とした表情の人が何人かいた。
人間は普段から水をそれなりに飲まなくてはならないはずなのだが、母上が飲んでいるところをほとんど見かけたことがない。いやたまたま見てないのかも知れないが。また例えば何かの大きな集会があれば、大勢の前でも堂々とスピーチをこなしてゆく。何らかの出来事についてレポートを記す場合、深夜であってもB4のチラシ裏側に3枚くらいはビッシリと書く。さらに車を平気で運転し、多少の長距離などものともしないのだ。とにかく普通の高齢者みたいに家にいてのんびりしているなんてことはない。常にシャキッとして眼も据わっている。もう90近い齢なのだ。
ぼくは、何かにつけて母上様からお叱りを給わる。朝、仕事に出かける時、忘れ物があって2度ほど家に戻ると、
「お前は何をしているのか」
「いや、ちょと取るものがありまして…」
「お前は1回で用が済ませられないのかねぇ、いかに頭が…」
「何を言っているか、あの偉大なプロ野球選手だった天才長嶋茂雄は球場へ向かっている途中、何度もバットを忘れ、家に戻ったほどなんですよ」
母上は、毎日会う人ごとに「お若いですねぇ、どうしてそんなにお元気なんですか」「いつもおしゃれですねぇ」「どうしたらそんなに健康でいられるんですか」「いったい何を飲んだらそんなに元気になれるんですか」とかいろいろ言われているらしい。
超太古の大昔、人々は神の教えに従って暮らしていた。そして何百年と生きた人の記録も残されているのだ。あのノアの洪水で有名なノアは950年ほど生きたのだった。
ぼくはホントに彼女から生まれたのかどうかはこの眼で見たことがないからわからない。彼女は、ひょっとして地球人ではないのかもしれない。そういえばNASA(アメリカ航空宇宙局)で地球によく似た星が発見されたというニュースが二、三あった。そのひとつが惑星「ケプラー452b」で、大気があるらしく表面には水もそして活火山もあるらしい。地球のいとこにあたるようで距離は1400光年先とか…。いやはやそこから円盤か何かでワープして北海道にやって来て生まれたに違いない。
母上様は、ひ、ひゃくにじゅうねんは生きるんではないべか。そうに違いない─。
◎プロフィール
帯広市出身。自営業。文筆家。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)
銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)