雨あがりの釣り
2016年10月31日
今年の夏は雨つづきで、釣りにゆく機会がなかった。9月末になり、Mさんに「来週、釣りにゆきませんか」とハガキを書いた。
Mさんは82歳で、町内会の役員を担いゲートボールの練習と試合で忙しい毎日を過ごしている。数日後にMさんに電話をすると、10月6日に釣りにゆくと決まった。
朝の6時半にMさんの家の前に車を停めた。私はMさんの車の助手席に座った。目的地まで車内での談話が楽しい。情報通で見識あるMさんから聞ける政治や人々の話題に耳を傾ける。
大樹町尾田の手前で右にハンドルを切った。赤い橋が見えてきた。川までの道を車で降りてゆくと、いつも停めている場所の手前で私は降りた。前輪タイヤが湿地にぬかるんでゆく。数日前に降った雨の影響か、私はMさんに、バックで戻りましょう、と提案した。ゆるい坂を車は戻った。
道路脇に車を停めて、川まで歩いた。川は少し濁っていた。渓流釣りでは笹濁り、と呼んでいる。雨後の濁りでも釣れる場合もある。だが、餌を何度も流すが、魚の食い付きがない。確率が低いことに粘るのは無駄である。
P川に移動した。橋の近くに車を停めて、橋の斜面を降りた。私が先に降りて、後ろからきたMさんが、あっ、と叫んだ。振り返ると彼は顔面を砂地に突っ込んで倒れていた。「どうしました!」と声をかけた。彼のウェーダーの足先に、壊れた護岸ブロックから飛び出た鉄線が見えた。鉄線に足をとられたらしい。岩や石に顔面を打ったのなら事故になっていた。自然の中では危険を察知し、事故を避けるために細心の注意が必要だ。転倒して、石に腹を打って入院した釣り友もいる。
P川では水の濁りも少なく、釣り上げながら川上へと歩いた。私は12匹のヤマベを釣り、うち1匹は21センチだった。前方に小さな滝があった。その滝下には大物がいる可能性がある。Mさんにその場所を譲った。彼はそこで19センチのヤマベを上げ笑顔を向けてきた。これでよかった、と思った。
川から林道に出た。Mさんは来月、心臓の手術を受ける。来年も、Mさんと渓流釣りに来たいと思いながら、秋のやわらかい陽光を浴びて林道を歩いた。
◎プロフィール
北海道新聞「朝の食卓」元執筆者。十勝毎日新聞「ポロシリ」前執筆者。「流転・依田勉三と晩成社の人々」刊行。