ありんす
2017年5月 8日
歴史小説は苦手だ。時代劇ドラマもあまり見たことはない。大方が権力物語、あるいは捕り物帖、将軍の妻や側室に焦点が当てられている、というのが歴史音痴の私の私見。それでも過去に池波正太郎の藤枝梅安シリーズに熱中したこともある。
ある日、古本屋の本棚から一冊何気なく手に取った時代小説。背表紙に目をやると女料理人の食を通した物語とか。
(江戸時代に女性料理人なんていたの?)
何しろ極度の歴史音痴である。男社会のイメージしかない江戸時代に女性が職人として活躍できたのか。梅安シリーズを豊かに膨らませる小技が「食」だったことを思い出し、興味が湧いて一・二巻を買い求めた。
『みをつくし料理帖』高田郁著。
その夜から始まったのは、読書の楽しみとそれに伴う連日の寝不足。二十歳そこそこの主人公澪が情熱を注ぐ料理を通して、様々な人間模様が丁寧に描かれている。澪が料理人として精進する姿と並行して、災害によって離れ離れになり吉原に生きることとなった幼なじみを遊里から救うという大きな柱が存在する。全十巻。半分も過ぎると読み進めるのがもったいなくて、一ページ一ページを大切にめくる。書かれている人物が人情熱く、誰もが愛すべき存在だ。大阪出身の澪が時々発する関西弁も愛しくて、夜ごと私はタイムスリップしてこの物語の中に生きていた。
女性であれば吉原という名に若干でも嫌悪感なり哀愁なり、人によっては侮蔑的感情さえ抱くかもしれない。が、江戸一番の歓楽街として存在感を誇った吉原という特殊な世界は、知れば知るほど興味を抱かずにいられない。勿論人身売買や騙されて連れてこられた若い女性達にとって、金のために身を売る苦界である。遊女の逃亡を防ぐため塀で囲った吉原の出入り口は大門ひとつのみ。周囲にはお歯黒どぶという黒い泥水の溝がある。吉原独特の厳しいしきたりも存在し、階級によっても遊女たちの生活は相当違う。地方から連れてこられた遊女のお里が知られぬよう、吉原独特の言葉「ありんす言葉」が用いられていたというのは巧妙だ。「ありんす」は「あります」の意。町民の江戸っ子言葉に関西弁。そこへ妖艶な廓言葉が織り交ぜられ、この物語に深みを与えている。
私は勝手に主人公澪を女優の黒木華に見立てて読んでいたが、この五月、黒木主演でテレビドラマ化されるとのことで驚いている。映像になると作り上げた自分の世界が崩れてしまうが、貧弱な知識ゆえに想像できずにいた細部を教えてもらうことにしよう。
◎プロフィール
…ということで、最近江戸時代の勉強中。奥が深く粋でありんす。