なぎさホテル
2017年6月26日
この数年、伊集院静氏の本を読んでいる。「男の流儀」シリーズは、昨今話題作となっている。
過日「なぎさホテル」を読んだ。帯文には「このホテルから私の小説がはじまりました」と記されていた。
著者の小説には濃厚に彼の人生が投影され、その中心は出会った豊かな人間関係だ。文学は人間を描くのが要諦とは、よく聞くことばだが、人間を外部目線で観察するだけでは足りない。問題は自他との絆だ。その関係性を読者に伝えるには細密画のような技法が必要なのかもしれない。
私小説風の彼の物語は約40年前にさかのぼる。彼とは伊集院氏である。
彼はトランクひとつかかえて東京駅の構内に立っていた。半年前に2人の娘がいる家庭を崩壊させ、過去に見切りをつけ、東京を出てゆくつもりで、路線表の主要駅名を見ていた。鎌倉、逗子の駅名を見つけ、「最後に関東の海を見るのも悪くないな」と彼は考えた。たどり着いた海辺のレストランで偶然出会った老人に「近くに宿はないですか」と訊ね、教えてもらったのが「逗子なぎさホテル」で、老人はそのホテルの支配人だった。「金に余裕がなく、いいホテルには泊まれません」と彼は困惑すると、支配人は「空き部屋があるから…」と金はどうでもいいような言い方をして笑った。
このホテルで寓居し、まかない飯を食べることになった。彼は3つの小説を書き、小説新人賞に応募した。2つは2次予選も通過しなかったが「皐月」は最終選考まで残ったが落ちた。異例なのはその作品が雑誌に掲載され、短編を依頼され小説家の営みが始った。 彼のホテルの部屋には、時々M子が訪れた。夏目雅子である。
彼がCM制作の仕事をした時に起用した無名のタレントが女優として成長した。放埒な暮らしを続ける彼を彼女の周りで厄介者と見る人々もいたが、篠田正浩監督や高倉健は、やがて何かをなす人と彼を評価していた。ちなみに北野武は「俺は伊集院さんが好きだな。格好いい」とラジオで話した。
彼は7年後にホテルを出て、彼女と結婚し鎌倉で生活するが、妻は白血病を発症した。彼は仕事を断わり、妻の闘病を支えたが、2百日後に夏目は永眠した。それから2年ほど、彼に失意の日々がつづいた。酒に溺れ、依存症になり、心臓発作を起した。
やがて、絶望の底から立ち上がり、彼は小説を書き始めた。
◎プロフィール
伊豆から甘夏みかんが届いた。いつか伊豆へ再訪したい。できれば逗子や鎌倉にも寄りたい。いつか、行けるか?