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エッセイSP(スペシャル)

鴨川の夜

吉田 政勝

2017年10月30日

 9月末に上京することになった。
 そもそも事の発端は、介護旅行の会社を経営する篠塚恭一氏とラインを交わすうちに「鴨川のTさんが手術をしたらしい」と入った。Tさんとは20年ほど前に十勝で乗馬や釣りをした遊び仲間だった。彼はテレビに出ている誰もが知る署名人である。手術後の経過は良好らしいが、会って激励したい気もした。
 すると篠塚氏は「鴨川へ一緒に行きませんか。東京では私の家に泊まればいい」と提案してくれた。篠塚氏の親切に甘えていいのか?世話になったら、後で依頼事を持ち出してくるタイプがいるが、彼はそんな思惑を隠す人ではない。
 私は篠塚氏のご厚意に素直に甘えることにした。9月27日に東京に着いて、柴又、浅草を巡って篠塚氏と渋谷で合流し、彼の自宅に着いた。
 風呂をすすめられたが、私は浴槽に入らずにシャワーだけで済ませた。奥様の手料理が食卓に並んだ。持参したパジャマを着て、テレビも見ずに寝た。客は遠慮ぶかく振る舞うべきという自覚がある。
 翌日の昼に、小雨が降るなかを篠塚氏の運転する車で千葉鴨川へ向い、夕刻にT邸に着いた。歓談後、私たちは宿泊先へゆき、篠塚氏は講演ででかけた。私は大浴場に入ってから、ホテルのロビーで待機した。
 椅子に座っていると窓を叩く音がした。玄関に出ると、Tご夫妻が車で迎えに来てくれた。案内されたのが和食の魚料理店だった。カウンターに座ると、刺身の盛り付が目の前に出され「好きな魚を頼んで」と勧めてくれた。「キンメダイの煮物がいいかな」と小さな声で言う。Tさんと健康談義をし、さらに中標津在住だった作家と鴨川に住んでいた2人の直木賞作家の動向に触れた。私は2人の作家に会っていたのでその時の話をした。
 やがて目の前に1匹のキンメダイの煮物が出された。「これ、私が一人で食うの?」と訊いた。「大丈夫だ。女性だって食っちゃうんだから」と言う。ご飯のおかずにその魚を食べて満腹になった。
 Tさんが元気だったことと話も弾んで胸がいっぱいになった。ホテルまで車で送られて、ご夫妻と固い握手をして、手を振って別れた

◎プロフィール

8月末で取材の仕事を辞めて少し自由になった。千葉や伊豆で過分なるもてなしを受け、再会の旅はうれしかった。

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