重い空間を押し出す男
2018年4月 9日
某情報誌会社の富田編集長に原稿を渡すべく、電話をした後に訪問する。女子社員が応接室へと案内する。その会社は部屋がたくさんあって、会議室なのか応接室なのか休憩室なのかはたまた何なのかともかく不思議感がする。テーブル席に着いて待つこと3~4分もすれば戸が開いて、編集長が「オォ、元気ですか!」とかなんとか言いながら現れそうなのだが、いつもそうではないのだ。
だいたいぼくが壁に掛けてある額装の絵とか書などを眺めているうちに、係りがお茶を持ってくる。
「あ、どうも…」
そして5~6分くらいしてから、戸が外側にスーッとまるで何かの新しいドラマが始まるかのような感じで開き、主人公のごとく当の本人がゆっくりと現れるのだ。彼は、いつも1㍍位の厚さの重い雰囲気がする空間を身の周りにまとっているふうな感じで現れるのだ。その空間を押し出すようにして来るので、ぼくは圧されながらして対面するのである。ひさしぶりにお会いするわけでどんな話をしようかなどと楽しみな思いでいるのだが、ぼくのトーンは静かに深く沈みゆく。
彼はゆっくりと腰を下ろした。テーブルを挟んで向かい合っているぼくは、
「どうも…オ、お元気ですか…」
「げんきですョ…みてのトオリです…」
低くくぐもった声でゆっくりと言うのだ。細い目がキラリと光り、ぼくはいくぶん視線をテーブルに落とす。
(…何か機嫌が良くないのかな…迂闊なことは言えんな)
と身構えてしまう。何かお叱りでも頂くような気がして落ち着かない。彼のありようは彼自身の気質からくるのだが、相対することでぼくは自分の欠点や弱さなどが意識させられてくるようで、編集長に接するたびに緊張してしまうのだ。彼の圧倒的ともいえる雰囲気にひれ伏しかねないのだった。
夏のある日。街中で編集長にバッタリと出合った。そして内心おどろいてしまった。立派なジャケットを着ているのだが、裸足で会津下駄を穿いて堂々としているではないか。
(うーむ…)
と、ふかく感心してあきれてしまった。ただもんではないのだ。彼は何かの世界や自分の周りのことなどを自らに引き寄せて、それぞれについて沈思黙考でもしているような雰囲気があり、それがその会社を着実に発展させている原動力となっているに違いないのだ。
だから原稿を持って行ったら、なんて言われるかと極度にキンチョウしてならない。編集長という者には絶対権限者ゆえに逆らえないのである。
しかし編集長、ま、あれだな…なんというか、もっとこう、リラックスを…いや、よろしくたのみます。
◎プロフィール
帯広市出身。自営業。文筆家。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。