生きずらい人
2018年5月 7日
三十八歳男性。独身。今年になって初めて発達障害と診断された。障害者の就労を支援する事業所に通所している。仕事は縫製作業。手芸が好きでどうしてもこの仕事に従事したいと、二度の面接に挑み採用された。手先は器用だが作業が遅い。遅くとも丁寧な仕事をしているのでまずは良しとしていた。しかし、好きな仕事は集中できるが、そうでない仕事は気が散るらしい。自身は「集中力はめちゃくちゃある」というが、持続しないということだ。トイレに立つ回数が増え、しかも十分以上戻ってこない。作業台の上を整えることに時間をかける。椅子が高くて合わない。低くすると今度は肘が机に当たって痛いからまた工夫が必要だ。職場に毛布を持ちこむ。それでも何かが落ち着かず椅子の上に胡坐をかく。時間をかけて綿密に調節した結果、椅子の上に胡坐をかき、作業台の上の畳んだ毛布に猫背で両肘をつく態勢に落ち着いた。当然運針は更に遅くなる。
「見苦しいうえ仕事が遅い!」
周囲のイライラが募る。皆の注意もアドバイスも彼には理解しがたい。
「なんで? 自分は困ってないけど」
本人と何日も面談し職場での態度やマナーについて時間をかけて話し合った。結果、彼の口から発せられた一言。
「僕が居心地のいい場所を作るのは支援者のあんたの仕事でしょ?」
私は無力感でいっぱいになった。
この4月から障害者雇用の法定雇用率が引き上げられた。四十五・五人以上の従業員のいる民間企業は、従業員全体の二・二パーセントの人数の障害者を雇用しなければならない。前年までは五十人に対する二パーセントであった。これは身体、知的、精神障害者を一定割合以上雇用することを義務づけた「障害者雇用促進法」という法律によって決められている。三年後にはその割合が更に引き上げられる予定だ。
法律なので企業は守らねばならぬ。毎年ハローワークへ現状報告義務があり、障害者雇用の促進と継続に努めるべしとなっている。義務であるので違反すると当然罰則もある。また、企業の負担も考慮し雇用に対する助成金もある。
障害者の中でも発達障害者の職場での適応の難しさについては双方様々な困難が報告されている。障害者の特性について時には医学的に、時には漫画となって出版物も増えた。それらは現在の医学では治療できない「脳の病」であるという理解の周知を請うとともに、発達障害者のどうしようもない悲痛な訴えであり、さらに「こんな場合の私の取扱説明書」でもある。
ところが知識を身につければ一件落着という簡単なものではない。脳は不可思議な宇宙だ。生きずらさを感じている本人にさえ理解できない。
◎プロフィール
●作者近況
さえき あさみ
近々年に一度の健康診断。またコレステロール値でひっかかるんだろうな。サプリは効果がないことは人体実験(私の)で確証済み。