教え・・
2018年10月15日
高校生のとき、書店でアルバイトをしていた。開店前は朝一番で入荷した雑誌や書籍などを開梱し、次に陳列を始める。新刊の並べ方にもコツを覚え、店番の合間に返品処理をした。本に挟められた細長い伝票は「スリップ」と呼ばれ、売上げ報奨金を版元に請求する際に大切なものと知った。やがて、美容院へ婦人誌や個人宅には小学生の学習誌など定期購読の配達と集金を任されるようになり、納品書と領収書の書き方を教えられる。
配達をするうち届け先にバラツキが見え、店主に告げると町内の地図に赤鉛筆で印しを付けることになった。そこで「本はどこで買うか?」「定期で取っている本は・・」などを記載したアンケート用紙を作成し、戸別に訊いて回る。これが市場拡大に重要なマーケットマップとリサーチであり、社会に出て営業職に就き、この書店での体験が役立つとは思いもよらなかった。
店主は、大学の文学部を卒業後に大手の出版取次店に勤め、故郷の小田原に戻り開業したそうな。仕事の合間には、文学論と出版業界や書店経営に始まり、「若い時は乱読し、年齢を重ねて好きな本を探求すると良い」など本の読み方まで薫陶を受けた。私の本へのこだわりは、この時の賜物と言える。いつしか〝小父さん〟と呼び、小田原に帰ったときに話をするのが楽しみだった。
店を数年前に畳み、昨年からホームに入っているとの連絡があり、一度訪ねなくてはと思っていたところに、訃報が届いた。折悪しく台風24号と重なって見送りが叶わなかったが、50年前の教えは、本を手にするにつけ忘れることはない。そして思い出すのが「支店を出す計画あるがどうか」と勧められたことだ。そのときすでに就職先が決まっており、もし選んでいたら、私の人生は・・。
30数年前、帯広にいた頃、車のラジオから流れてくる歯切れのよい語り口に興味をひかれた。札幌に出たとき、放送中のスタジオを尋ねたのが出逢いとなり、一緒に呑んだことも少なくなく、セミナーなど人前で話すのが難しい事を伝えると返ってきた言葉は、「話の途中で、ア~やエ~と言わない」などのアドバイスを受け、意識して喋るようにしている。
この春、久々に放送を聴くと聞き覚えのある声と違う。数日後、その人が逝ったことが報道された。いまラジオやトークショーで話すとき、私の中には〝晤郎さん〟の教えが生きているのだった。
◎プロフィール
〈このごろ〉私に絵心や冒険心はないが、旅心と好奇心は強い。蒐集し記録をする。何かに書く、友人も多い。どこか松浦武四郎と共通していた。