個性的魅力の居酒屋
2019年9月 9日
ある日の夕暮れ時、駅前通りを歩いて「なかなか」という店に入った。
生ビールを注文し、小さな突出しが出た。タコとワカメとトビッコの酢和えだが、適当ではなくしっかり作ってある。豚串の塩焼き、ラーメンサラダを注文した。
ここの店のラーメンサラダは美味しかった。中身は、麵とその上にのせているサラダ菜も組み合わせがきれいで、切り方のバランスもいい。水菜・玉葱・ベビーリーフ・レッドキャベツ・トマトで、味付けは胡麻ドレッシングと辛子和えである。麵はちょっと細めのツルッとしてドレッシングと共に味がとてもいい。全体的にくどさがなくさっぱりとして美味しさに感じ入ってしまう。上品なおいしさとはこういうことではないかと、胸の奥で気持ちがスーッと納得する。
家族経営の店であり、個性的一品料理が多いのだ。豚丼など文句なしの旨さである。奥行のある店内で、4人掛けのカウンターが壁を挟んで二つ横並びになっており、その並びには小さな小上りが二つある。そしてカウンターも椅子も床も壁もきれいなのだ。さらにトイレもホテルのスイートルームみたいにきれいで使用するのに緊張してしまう。居酒屋らしくないのだった。マスターに、
「あのね、居酒屋なのになんでこんなにきれいなのか、油煙りもないし、においもしない。なしてだ?」
「ウチは一日中換気扇を回してるんで…壁など汚れるのが嫌なんです」
「へぇ、いいですねぇー」
着ているものに臭いが付くのが嫌なぼくとしてはとても気分がいい。他の店なら、帰宅してから脱いでハンガーに掛け、3日くらいしないと臭いが取れない。
また、マスターは調理師であるが、建築屋でもある。店を創めて8年だかになるらしいのだが、改装するのが好きでなんと今まで3回もやっているのだった。
それにしてもマスターは、180㌢の中肉中背にして、長袖の黒シャツに黒パンツという黒づくめで、髪を油でピシッと撫で付け、シルバーの十字架ペンダントを首にかけている。もしかして居酒屋マスターというのは仮の姿ではないのか。長身の彼がそんなスタイルで街を歩いている姿は、なんだかハリウッド映画にでも出てくるヨーロッパの国の大統領直轄秘密工作員にも見えるではないか。コードネームはもしかしてNAKAとでも言うのか。ある時は軽トラ、またあるときはハーレーを乗り回し、そして街を歩くときは静かな眼が密かに何かを窺っているふうにも見える。彼はショーン・コネリーかダニエル・クレイブみたいなのか。世の中には、全然そんなんではないのに実はホントはそうなのだという場合だってあるのだが。
◎プロフィール
帯広市出身。自営業。文筆家。趣味/映画・街歩き・旅・自然光景鑑賞。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。