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エッセイSP(スペシャル)

転 が る 石

冴木 あさみ

2020年4月 6日

 『転がる石には苔が生えぬ』ということわざがある。 A rolling stones gathers no moss.というイギリスのことわざが由来で、中学の英語の授業で習ったはず。格式や伝統を重んじるイギリスでは、転がる石のように職や住居を転々とする人は、成功もしなければお金も溜まらないという保守的な意味を持つ。一方アメリカでは、ひとところに留まっていると苔むして新しいものが身につかないから「どんどん動いてチャンスを掴もうぜ」といった革新的な思考で使われるらしい。
 先日一人の利用者から退職の意志を告げられた。
「今日でここの福祉事業所に来て丸二年。こんなに長く続いたのは初めてです」
満面の笑顔で語っていた二日後のことだった。
 彼は高校卒業後専門学校で技術を習得し、その名を知らぬものはいない有名企業に就職した。体躯に恵まれた若い彼は、激務には十分耐えることができた。真面目で使命感が強く小さな仕事一つにも改良の余地はないかと常に頭を働かせながら仕事に向き合う人間だ。ところが彼には大きな弱点があった。自分のペースを乱されると歯車が狂ってしまうことだ。多数の顧客を含めて構成される人間関係は、彼の中でうまく処理できなかったらしい。限界まで踏ん張った末、精神を患い障害者手帳を持つ身となってしまった。
 そこからの彼は正に転がる石であった。当事業所に来た時も履歴書の経歴欄には余白が無く、それでも書ききれない履歴がいくつかあった。早いものでは入社当日に退職したという。年を追うごとに我慢のキャパシティも小さくなり、嫌だと思った瞬間辞表を出す始末。既に人生の半分を転がって生きてきたので、様々な業種を経験し器用にこなすことができるが、大成したものは一つもない。
 追って彼から電話があった。五十も過ぎて、これまで以上に転職の難しさを実感しているとのこと。障害者のための福祉事業所といえども、簡単にどこにでも入れるわけではなく、しかも辞めた数ほど選択肢は減っていくのだ。
 このほど突然退職を決めた理由も、ある一人の利用者の態度が気に障ったとのこと。二人の間にいざこざがあったわけではない。大抵はスルーで終わるのだろうが、対人面において脆弱性を抱える彼にはそんな能力はない。これからも転がり続けるのだろう。
 新型肺炎のパンデミックを受けて、世界中が平静を失い混とんとしている。採用取り消しを出す企業もあるという。百年に一度と言われる未曽有の国難に、経済的困窮者は罹患者数をはるかに上回るだろう。危機に遭遇した自分という石は転がるべきか否か。その時の苔の解釈によって道は分かれる。

◎プロフィール

ウイルスだけではない。未来、人の心、目に見えないものは怖い。

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