かまぼこ・・
2020年11月16日
故郷の神奈川県小田原市を代表する名産品は〝かまぼこ〟であり、生家の向いの蒲鉾工場に父が勤めていた。朝な夕な機械の喧騒を聞いて育ち、物心付いた頃から蒲鉾の味に親しんできた。
いま手元に父が遺した黒い表紙のルーズリーフがある。くすんだ茶色の紙面に蒲鉾や竹輪、はんぺん、君巻と伊達巻、イカの塩辛など練り製品の工程がぎっしりと綴られていた。魚の見分け方に始まり使用する調味料の分量、さらに季節ごとの作り方、店主から告げられた景気の良し悪しでの注意事項や色鉛筆で細工蒲鉾の絵が描かれてあった。
これは仕事の合間に書き留めたようで、一人の職人が遺した小田原蒲鉾の価値ある記録と思える。日付に昭和26年や31年と記され、私が生まれて間もない頃のようだ。しかし、その父は40代で逝ってしまったが、蒲鉾の味はしっかりと私の舌に記憶され、今でも生姜が刻まれた焼き竹輪と麹の入ったイカの塩辛は大好物。ふるさとを離れてからは、墓参りの帰りに生家のあった辺りを歩き、かまぼこ通りに今もある売店に寄るのが、帰省の締め括りとなった。
蒲鉾の原材料になる魚は様々だが、私はイシモチの別名グチが一番で、少々値段は張ってもそのツヤ、弾力、歯応えは絶品と言える。年末になると札幌のデパートの食品コーナーにこの店の銘柄が並び、今年も12月を待ちわびていた。
ところが10月初め、〝老舗蒲鉾店が自己破産〟との話が伝わり、思わず「えっなんで⁉」と声を上げてしまう。その日のニュースでは、近年の需要落ち込みや競争の激化で売上減少。ウイルスによる影響から臨時休業が重なり、神奈川県下で今年最大の負債を抱えての倒産だそうな。店のHPにも10月下旬で、暖簾を畳むと閉店の案内がされる。
この店は昨年に創業150年を迎え、先ごろ記念に発行された冊子を読んだばかりで、来年は寄りたいものと思った矢先の出来事だった。
子供のころ遊んだ中庭の池、悠々と泳ぐ緋鯉や藤棚、出来上がって湯気の漂う蒲鉾、工場内でトロッコの角に膝をぶつけた傷痕が走馬灯のように甦り、そこに職人姿の父が浮かんでくる・・
◎プロフィール
〈このごろ〉新作の007が公開延期。直近で初代ジェームズ・ボンドのショーン・コネリー氏が90歳で逝去の報。またひとつ伝説が生まれた。