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エッセイSP(スペシャル)

思い出のスクリーン

冴木 あさみ

2021年2月 1日

 六十年も生きていると思い出の引き出しも数多くありすぎて、目の前の雑事に翻弄されている間は、開けることすらままならない。しかし、何かのきっかけでふと遠い昔を懐かしむスイッチが入ることがある。苦い思い出に気持がざわつくこともあれば、ふんわりと夢見心地の時間に浸ることもある。
 仕事帰りの地下鉄の中でいつも、ネットニュースに目を通す。相変らずのコロナのニュースに紛れて、女優のナタリー・ドロンの訃報が報じられていた。
――ナタリー・ドロン。
なんという懐かしい名前。でも、瞬時にその顔が浮かぶ人はどれだけいるだろう。仏俳優アラン・ドロンの元妻で女優。結婚生活は長くはなかった。
 こう書くとまるで詳しい知識があるかのように思われるだろうが、実は私は彼女の作品を見たことはない。出演作品も少なく、名画座やテレビ等でリバイバルされることもない。数十年前の映画雑誌『スクリーン』の読者の中には記憶に残っている人もいるだろう。私も『スクリーン』の一愛読者だった。
 父母が洋画ファンで、家ではよく映画音楽が流れていた。『風と共に去りぬ』『誰のために鐘は鳴る』は何度観てもいい。『ひまわり』のソフィア・ローレンが個性的で美しい。『旅情』のキャサリン・ヘップバーン。そばかすだらけなのに何故か魅力的。  
 美しい映画音楽を聴きながら父母のそんな会話をよく聞いていた。正直言って、子どもにはそれら作品の良さなど解りっこない。無垢な子どもは親の暗示にいとも簡単にかかってしまう。これも環境の力というものなのだろう。
 高校生になり『スクリーン』を買い始めた私だが、性描写も掲載されている雑誌は好ましくないと親に何度か注意された。そういったページをカッターナイフで切り取り捨ててからしれっと読んでいたあの頃の私にサムアップ。
 ハリウッドのスターは誰もが美しく輝きを放ち、写真一つ一つに魅せられた。ナタリー・ドロンも美貌に恵まれた一人だったが、高校生が観に行くような映画ではなかったので写真しか見ていない。西洋人の顔は絵心もくすぐられ、勉強の合間に女優たちの顔を鉛筆で何枚も模写した。紙と鉛筆の匂い。描いた絵をいくつか思い出せるのだから驚く。そうだ、美人は三日で飽きるというのは絶対に嘘だと確信した時期でもあった。引き出しの中の思い出は決して褪せてはいない。

◎プロフィール

コロナが終息したら、自分の歴史を辿る旅に出たい。

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