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エッセイSP(スペシャル)

不思議な世界

梅津 邦博

2022年1月24日

 知人の歌手からジャズステージを行ないますと連絡があり、後日の夕刻、紹介された街中の店「L」へ向かった。
 ドアを開けるとそこはどこの店にもあるような店内とは趣が違っていた。それぞれ離れている小さな三つのテーブル席は形も大きさも違う。また一角にはソファーと背凭(せもた)れのない二人用長椅子があってリビングルームみたいな感じもする。奥には三人ほどのカウンター席もある。表通りに面している壁面には幅の狭い縦長のガラス窓があり、そこに沿って二人用の小さな横長テーブル席がある。他の店みたいにテーブル席が並んでいるだとかではなく、とにかく空間が広い。
 適当な席に座ると、一気にふわーっと息が出て軀が柔らかくなってゆく心地がした。そうか、そういうことなのかとも思った。奥からママさんらしき方が耀くような微笑みで現れた。毛糸の帽子を被り、ニットのゆったりとしたエスニック風の上下服みたいなのを着ている。
 「ここはどういう店ですか」と訊くと、
 「カフェです!」と嬉しそうに答えた。
 へぇ、そうなのか、と思った。そしてライブのことを話したら、今度の土曜日ですと云われてぼくは日付を間違えて来てしまったのだ。
 ウィスキーのロックを注文し、メニューは壁の小さな黒板をよく見ると手作りケーキしかないらしい。しかし凝ったような名前でどんなのか想像がつかず、適当にひとつ頼む。
 やがて出てきたものに、わっ! となった。動物を象ったクッキー、ドライフルーツ、そして夢があふれているように感じさせるホイップクリームなど、いくつかの飾付が会話をしているみたいでファンタスティックメルヘンに見えて魅力的ではないか。ロックを口にちょっと含みながら物語を読むようにフォークでケーキを少しづつ切っては頂く。外は寒い冬の夜だが愉しくて美味しい。
 しかし束の間、酔いが強く回ってきたではないか。最近あまり飲んでいないとはいえ、実は少し風邪気味でちょっと疲れもあった。もう少し過ごしたかったが失礼することにした。
 その後、気になって二度ほど間を開けて行ってきた。店のありようについて徐々にわかりはじめてきた。いつ来てもママさんの礼儀正しい笑顔はこちらを疲れさせない。
 ママは今の状態がいいらしいのか宣伝もせず取材もお受けしない。あまりお客が来られても対応しきれなくなって大変なのだとか。従って彼女の意向に添って店名はイニシアルだけにしているのだった。
 それなりに静かであることが彼女にとっても自らの人生を考える舞台なのではないだろうか。ぼくはその創られた想いの店のありようと雰囲気にも少しは慣れてきて、そこは私(ひそ)かにゆっくりと過ごせる世界かもしれない。

◎プロフィール

帯広市出身。自営業。文筆家。趣味/映画・街歩き・旅・自然光景鑑賞。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。

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