出会いのないロマンス
2022年5月 9日
「私結婚するんです」
爆弾宣言だった。彼女は齢五十歳。独身、結婚歴無し。これまで交際歴無し。恋愛には疎い人なのかと思っていた。
いきなりの告白で、反射的におめでとうの一言が出たものの、私の顔はきっと驚くというより引きつっていたかもしれない。しかも、お相手はアメリカ人で一回り年下の医師という。彼女のことを深く知っているわけではないが、一瞬にして目の前の彼女が未知の人と化した。
話は続く。
国際マッチングアプリで出会ったこと。彼は国連の職員として現在シリアに派遣されている。戦場はもう耐えられないので、国連を退職して病院に戻る。帰国途中で日本に寄って結婚届を出して一緒に渡米することに決まった、と。
つまり、会ったことのない人と結婚の約束?
彼女の口から出る言葉を私の脳で処理するためには、相当の努力と集中力が必要だった。
「ちゃんと調べたし、彼はとても誠実な人だから大丈夫」
いよいよ彼が新千歳空港に到着するという日。記録的大雪で数日間空港は閉鎖となった。彼は羽田で待機中と言い、彼女はやきもき。私一人(これは天からの警告だ)と思う。何度もメールでやり取りをしていたが、空港から札幌市内までのタクシー代を要求されたのを最後に、連絡が途絶えてしまった。翌朝目を覚ました瞬間、初めて「騙された」と我に返ったそうだ。
国際ロマンス詐欺。
コロナ禍で被害件数が急増したとの報告がある。国連、医師、シリアの3ワードが特徴らしい。多少のアレンジがあっても、手口は一緒。金銭が絡んでいないと信じていたが、実は貯金と借金で彼女はなんと合計数百万円もこの詐欺野郎に貢いだという。振込先が日本なのに、なぜずるずる騙され続けるのか。詐欺の恐ろしさはそこだろう。
若いときから外国人と結婚して海外に住むのが夢だった彼女。海外で仕事をした経歴もある。ウブな中年女は、ヤツの獲物にピッタリだっただろう。のちに知ったが、彼女は国連事務所や領事館にも状況説明をして問い合わせている。両者ともに「それは詐欺ですね」との返事だった。悲しいかなロマンスに浸った彼女に、第三者の忠告など無力でしかなかった。
そして1か月後。性懲りもなく彼からまた連絡が来たという。実はあの日羽田で拘束されて、携帯を取り上げられアラブ首長国連邦に送還されて...。ふん、スパイ映画か、それにしてはトンマなことよ。
画像の彼に恋した彼女の目は、本当に覚めたのだろうか。借金の返済をしていることは確かだ。
◎プロフィール
コロナの予防接種の影響なのか口唇ヘルペスが何度か患った。ニュースも暗いことばかりで免疫力低下。