笑 い の 質
2022年7月11日
居酒屋辺りで職場や何かのグループにて飲食しているところがある。ふだんから知っている仲間同士の飲み会と思われるが、そういうところからは楽しさが伝わってくるけれど、時として突然爆発するかのような大声でしかも殊更に次から次へと途切れることなく爆笑が広がってゆくのがあって驚いてしまうのだ。あまりにもうるさくてぐったりしてしまう。正直言って遠慮してくれないかと思う。しかも延々と話が続いて笑いが繰り返され、不快感に見舞われて座っているお尻の位置が前へズルッとずれて顎が前方へ突き出し、天井を見上げてしまうのだった。
いったいどういうつもりなのか。他にも客はいらっしゃるのに...。おもしろい話だからと大声で笑いが止まらないというのはいかがなものか。
そもそも人それぞれ違うのに皆一斉に爆発しながら何度も笑えるものなのか...。人は誰しも考え方や個性など別々であって美味しいとか楽しいとかあるいは面白いだとかなど格差があるものだろう。けっきょくは皆と一緒に同調しないと異に見られたりとか仲間外れ的な気がしたりなどの思いがするからとかなど、気になってしょうがないということなのか。人は各々ありようがあるからこそ良いのだし、それが普通ではないのか。
30年程前だったかの春に所用で上京し、作家のK氏に連れられて新橋演舞場で開催されている演劇を観に行ってきた。俳優石橋正次氏の時代劇座長公演だった。今となってはどんな内容だったのかほとんど覚えていないのだが、ステージから3列目かの席で役者の間の取り方や表情そして動きや情景など見てとれていた。石橋氏が髷姿で腰には脇差しを指して演じる侍姿で、その何事かを語っていたのだが、ぼくはその表情を見ていてなんだか急に可笑しくなり、失礼だったかもしれないがつい、
「ははははっ...」
と笑ってしまった。隣のK氏も他の誰もが笑ってなどいないし、ぼくだけだったことで気分がシラケてしまった。そして悪い気がしてちょっと俯いてしまった。しかしどうしてだったのかあまり覚えていないが、大真面目に喋っているさまになんだかおかしさを覚えて笑ってしまったらしい。公演終了後、K氏に連れられて楽屋裏へ行った。石橋氏は講演盛況で上機嫌だったが、ぼくはバツが悪い気分が少しあって静かに小さく微笑んでいるしかなかった。
笑うとは個々の精神性のありようから起こるものだがグループで何かの話に応じて一斉に笑うなんていうのは無理がある場合もあるだろう。もちろん落語や喜劇などは大勢の客が楽しめて愉快なのだが。
◎プロフィール
帯広市出身。自営業。文筆家。趣味/映画・街歩き・旅・自然光景鑑賞。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。