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エッセイSP(スペシャル)

一円の祈り

冴木 あさみ

2023年3月 6日

 旅先で神社仏閣を訪れるのが好きだ。名刹に限らず、御朱印目的でもなく、知識があるわけでもない。街歩きの途中偶然古寺や神社に出会う時「私は導かれここに辿り着いた気がする」などとファンタジックな運命を抱く。その出会いに感謝し、丁寧に参拝する。
 旅先のとある寺で初老の夫婦に出会い、軽く話をする時間があった。二人ともハイブランドのジャケットを品よく着こなしていた。穏やかな顔立ちと静かな話し方が、見知らぬ者同士の距離感を縮めてくれた気がする。言葉を交わしながら本殿の石段を上る。
「お先にどうぞ」
 賽銭箱の前で私は二人に促した。実は親切心からではない。欲深い私は願い事が多すぎて、後ろに人が待機していると心が乱れて言い忘れることがあるからだ。
 そんな私の腹の内を知らない二人は、大変恐縮しながら並んで前へと進み出た。片手で小銭を賽銭箱に投げ入れる。カサリ。乾燥した軽い音がした。ご主人の手からもカラリ。一枚ずつ空気抵抗を受け、放物線さえ描けずにひらひらと賽銭箱に落ちていった一円玉。
 同じくらいの背丈の二人は恭しく両の手を合わせ祈った。
「では、お元気で」
 ひと時の時間を共有できた礼を述べ合い、私たちは別れた。
 一円か。
 ケチとも不信心とも思わなかった。いっそ潔い。私のように、何かにつけ神頼みで生きている人間ではないことは確かだ。
 いつどこで賽銭が必要になるか分からないので、旅先ではいつもポケットに小銭を入れておく。正直気持ちのいい行為ではない。でも、欧米紳士がスマートにチップを差し出すように、賽銭箱の前では逡巡せずにチャリンと投入したい。しかし、いつも悩むのは金額のことだ。縁起のよさそうな五円、五十円は定番。気分によって百円。周りの人が多く出しているようだから、三百円くらい奮発。欲が深い分、人の振り見てわが身の処し方を決めるふしもある。
 以前何かのテレビ番組で賽銭の額について、宮司がさりげなく言った言葉が心に残っている。
「神様は現金を必要としませんからね」
 当たり前のようで忘れがちなことだ。金額が多ければご利益も大きいと思うのは勘違いでしかない。でも、と件の宮司さんが続ける。
「歴史ある文化財です。維持していかなければなりませんからね。そういう意味でお金はやはり大事なんです」
 欲にまみれた私であるが、寄付は心掛けている。

◎プロフィール

最近、相対性理論を素人にも分かりやすく解説した本を読んでいる。数分で入眠できる優れた眠剤を手に入れたのだった。

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