今を生きること
2023年5月 8日
生老病死。生きること、老いること、病になること、死ぬこと。この四つは人間がこの世で生きている限り、自分の思うようにならない苦悩だという仏教用語だ。日々の生活が万事うまくいっている時には決して思い浮かばない言葉であろう。
知人の夫が現在病に伏せていて、余命いくばくもない状態だ。闘病は十年近くになる。医学の進歩により生存率も上がっているが、それは病との戦いが長期戦になるということでもある。大事な妻を残しては逝けないという気持ちで、これまで驚異的な生命力を見せてきた。しかし今年に入り、病状は一気に下降した。ついに力尽きるのかと案じていたが、人間の生命力は計り知れない。医者に余命宣告されても、まだ踏ん張っている。小さくなり、骨と皮の体でも負けてたまるかの勢いで。
また今年に入り、別の知人が転倒して頭部損傷により亡くなった。昨日まで平凡に流れていた生活が、一瞬で終了してしまったのだ。本人が一番驚いているだろう。
先日大江健三郎さんがお亡くなりになった。享年八十七歳。死因は老衰とのこと。
背伸びしていた若いころ、あまり理解できなかった大江氏の著書をもう一度読んでみようかと本屋に入った。追悼のコーナーが設けてあった。視線をずらしていくと、老婆の写真の表紙の本が平積みにされていた。それは、百歳を超えても元気に一人暮らしをしているおばあちゃんの生活を紹介する本だった。寿命とは不可解極まりない。八十代で体の機能が止まる人がいる一方で、百を超えても元気な人もいる。
最近は高齢者が慎ましくも生き生きと楽しく暮らしているというメッセージ本が売れている。誰もが特別な経歴の持ち主でもない、いわゆる普通のおばあちゃんである。年金が少なくても、1人暮らしでも工夫次第で人生楽しめますよ、という万人に向けたエールである。老後二千万円問題でショックを与えておきながらフォロー無しの政府とは大違い。人間考え方ひとつで明るく生きる術を探せるものなのかと、奮起できた高齢者は多いだろう。どの本にも共通するのは、様々なものに興味を持って、日々の生活を楽しんでいることだ。これは簡単なようで難しい。
生きること自体苦しいこと。でもお釈迦様はまたこうも言っている。苦楽一如。苦あれば楽ありだ。避けられない死があるのなら、思う存分今の生を楽しむしかない。
◎プロフィール
さえき あさみ
札幌の5月は大通公園のライラックまつり。いい季節を楽しみましょう。