ロドリゲス愛
2023年9月25日
猛暑の日が続いていた。冷房のきいた自室で古い映画でも観賞するつもりで、DVDのレンタル店に寄った。商品棚から「シュガーマン・奇跡に愛された男」を手にとった。(シクスト・ロドリゲス。歌手の物語なのか?)と私は思うていどの認識だった。
70年代にアメリカでアルバム2枚をリリースして忽然と姿を消したシンガーが、40年後に国際的なスターになった奇跡の物語。実在の人物の生き方に驚き、私の胸が高鳴った。ロドリゲスへの愛、私の「推し!」である。
1998年3月5日、ロドリゲスは飛行機で、南アフリカのケープタウンへ向かった。コンサートに呼ばれたバンドと関係者は、30人程度の観客が集まっているにすぎないと予想した。しかし、会場には満員の5千人が待っていた。「信じられない。まるで君子にでもなった気分だよ」とロドリゲスは驚いた。サインを求めて、海賊盤のCDを手に持ち並んだ。その音源は遠い南アフリカに渡って「反アパルトヘイト」の機運が高まるなかで若者たちの胸を打ち変革のシンボルになっていた。
ロドリゲスは「ステージで自殺した」という風聞があった。40年以上、住みなれたデトロイトの家で健在だった。
長女エヴァは「父は日雇い労働者としてビルの解体や、誰もやらないような清掃も完ぺきにこなした」。仕事への態度が人とは違っていた。「労働は血流がよくなって体にもいいんだ」と本人は語る。
三女のレーガンは「父は読書家ね。理由があれば抗議運動や集会にも私たちを誘った。労働者階級の人たちを擁護していたわ。人にとって大切なのは正しい行いだと考えていた」と話す。
6公演で得たお金の多くをロドリゲスは家族や友人に贈っている。記録映画は「アカデミー賞ドキュメント長編賞」を受賞。映画は全米3館で封切られ、脚光をあびて150館に急増した。
ロドリゲスは自分が経験した苦難や不安をよい方向へと転化させ、普遍性へとつなげた。真の詩人のような資質を持った表現者なのかもしれない。
ロドリゲスの実話に心打たれて私はこの文を書いた。
◎プロフィール
ロドリゲスの映画は先月の5日に観たが、3日後に本人が亡くなった。私は偶然の共時性を感じた