銀座通り
2024年2月12日
昔、「二人の銀座」という歌謡曲が大ヒットした。明るく楽しくて華やかな曲だった。帯広に〈銀座通り〉という名の所がある。似てもいないが愛嬌だろう。その界隈に時折行く居酒屋があって通りからは以外にも目立たない感じで隠れ家風にも感じられていいのだ。当初2~3度か行った後に、ふと、ああっ...と思った。30年ほど前にちょっと行った事があるのを憶い出した。
そうだったか。今の店の前はワインレストランでそのずっと前は居酒屋チェーン店だった。あの時代、R子と付き合っていた―。
生業が上手くいかなくてどうしようもない日々で、やるせなさに居ても立ってもいられず夜の街を歩いていた。ディスコが流行っていた時代で、飲食店ビル最上階の店に、一人で入ってはフロアに出てステップを踏みながら踊り、どこか解放された感に浸っていたのだった。そんなある週末の夜、女友達同士二人で来ているような客がいて、その一人の女性は日本的で明るく性格がいい感じがしていた。自分は口下手なくせに少し会話でもと思い、側に寄って空いてる席に座って何気なく挨拶をし、話し掛けた。ずいぶん極端だった。そしてR子と後日、会うことになった。
何度か会いつづけて秋が深まっていたある日の夜。彼女を誘ってその居酒屋に入った。焼き魚が苦手なぼくは意を決して秋刀魚を普通に食べられなくてはと注文して箸を付けたが、けっきょくグチャグチャにしてしまってたまらなかった。 それを見ていた彼女は、
「どれ、貸しなさい」
と言って皿ごと両手で持って自分の前に置き、食べはじめたのだ。見ていると箸を器用に動かして身を解すさまは芸術的としか言いようがなかった。頭と骨と腸だけがキレイに残った。
日を追うごとに彼女にのめり込んでいった。そんな晩秋のある夕暮れ時にドライブをした。少し明るめの夜空の下、サファイヤブルーの空と漆黒の日高山脈の山並みとのコントラスがあまりにも美しくて、ぼくは、
「すごい、あまりにも神々しくて美しい景観だな」
すると彼女は静かにぼくの方を見て、
「こうごうしいと言うのよ」
「......(あ、そうだった...)」
恥を掻いた。
彼女は気立てや人柄の良さがあって、ぼくのような不器用な者に対しても優しく接してくれていた。なのにぼくはワガママだった。そうして彼女は付き合いきれなくなってきたのだが、ぼくとしては離したくなかった。
仕事が大変で負い目もあった。情けなくどうしようもなかった。やがて迎えるべくして破綻してしまい、来る日も苛まれてしまっていた。
◎プロフィール
帯広市出身。自営業。文筆家。趣味/映画・街歩き・旅・自然光景鑑賞。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。