オフには注意
2024年4月 1日
先日所用で関東方面に出かけた。この日真新しい靴下をはいた。なぜなら、空港保安検査場を通過しなければならないからだ。くるぶしを覆う靴は安全検査上、脱いでスリッパに履き替え、金属探知ゲートをくぐることになっている。過去そんなルールができて初めての検査の時、おもむろにブーツから出した靴下の足先にぽっかり穴が開いていて、赤面したことがある。決して古びた靴下ではない。足の親指が特別長いとは思えないのだが、親指の先にすぐ穴が開くのだ。私は同じ過ちを繰り返さないことをモットーとしている。飛行機に乗る日は真新しい靴下と決めている。
さて、数日間の滞在の後、札幌に帰る日が来た。お土産をトランクに詰め、帰りの飛行機に乗る。羽田の保安検査場でもスマートな通過をすべく、バッグ類とコートをレーンの上の籠に手際よく収めて、さっとかがんでブーツのファスナーに手をかけた、と同時に、上方から声をかけられた。
「ロングブーツですか?」
顔を上げると、外国籍アジア人の男女スタッフが荷物レーンを挟んで上から私をのぞき込んでいた。羽田では多くの外国人スタッフが働いている。一生懸命勉強したのだろう。結構流ちょうな日本語を話す。
「いいえ、これです!」
説明するより見せたほうが手っ取り早いと、私はファスナーが半開きのブーツの足を上げた。ところが思いのほか勢いがついて、蹴り上げた足はなんと目の高さまで上がってしまった。膝はピンと伸び、自分でも驚くほど大胆に。着ていたロングのジャンバースカートの裾は腰からきれいな半円を作り、ミュージカルのワンシーンのよう...というのは言い過ぎか。
外国籍スタッフの二人は目を丸くして突っ立っている。
「それは、脱がなくてもいいですよ」
無表情の口だけが動いていた。
誰もが様々な意味で表と裏の顔を持っている。TPOをわきまえ、家の中と外で区別するオン・オフもそうだ。私も本来のバカな面が出ないように、外では気を付けている。それなのに、ブーツのファスナーに集中していたために油断したのだと思う。よそ行きモードがオフになったほんの一瞬の出来事だった。不可解なのは、普段ピッと足を高くあげる習慣などないのに、なぜ?
若い女性なら思い出して顔を赤く染めるのだろうが、人間ほどよく忘れて生きていくことが肝心らしい。恥ずかしい心情は忘却の彼方へと追いやり、柔軟に足が高く上がった事実に自信をもって、今月また一つ歳を重ねることとしよう。
◎プロフィール
〈作者近況〉雪が解け、スニーカーで歩けるようになった。新しい何かを見つけたい。