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エッセイSP(スペシャル)

おだまり

冴木 あさみ

2024年8月 5日

 私は疲れていた。仕事では納期が波のごとく押し寄せて、長距離走者の日々だった。そんな状況の時、人は非日常を求めるのかもしれない。
「旅に出よう」
 CMの一シーンが脳内の銀幕に映し出された。土日含めて最低四日間の休みを取りたい。でも行き先は? 疲労した脳では決断力も鈍り、しかも「やっぱり仕事...」と弱気心も邪魔する。どこでもいい、何でもいい、すべてお任せしたい。ネットで見つけた旅行会社のツアーの申し込みボタンをポチっと押した。前日の夜スーツケースに夏物を詰めるまで、仕事仕事の毎日だった。
 降り立った仙台空港で大型バスに乗り込めば、連れて行ってくれる楽な旅。今の私にピッタリだ。都合よく参加者は少なく、二席を独占。疲れがたまっていたせいか、車窓を眺めてはウトウト、促されるままにバスを降りて見学。またバスに揺られての移動を繰り返し、ようやく念願の温泉宿に辿りつく。
 気楽に温泉御膳で地酒を楽しむつもりだったが、私の他に一人参加客、熟年の男女二人が同じテーブルだった。その晩は挨拶程度で終わったが、食事の度に三人で食事をすると徐々に打ち解けてくる。二人とも退職後は旅行三昧のようで、旅の話に花が咲く。今後半年の予定が決まっている男性の話を聞く。これまでの旅の話を女性から聞く。二人の競演に私はお腹いっぱいになる。特に彼女の方はテーブル一杯の御馳走を十分以内で平らげ「話のタネに行かなきゃ、失礼」と早々に席を立ち、集合時間まで精力的に動き回り、ご丁寧に報告までしてくれる。
「元気ですよねー」
 多少皮肉を込めて言う私に、男性が「せっかちなんだよな」と同意。それ以上の連帯感が生まれることもなく、四日間の旅は無事終了した。
 旅の楽しみ方は人それぞれだが、行った場所、旅の回数、泊まったホテルの格付けの自慢話を一方的に聞かされることほどウンザリすることはない。だからといって、言葉の顔面パンチを食らわせるほどの怒りでもない。が、しかし実に久しぶりにこういう類の人に会い、私は初めて心の中で「おだまり」と言い放った。
 私よりも重い気持ちで過ごした人がいる。四日間引率してくれた添乗員だ。ずっと彼女からウンチク攻撃を受けていたようで「彼女は旅行会社で仕事されていたのかしら」と苦笑いをしていた。もちろん添乗員であるから、個人情報も客の批判も規則をしっかり守っていた。彼女の辛さは私が勝手に読み取とったもの。楽な仕事などない。中でも世界中を歩けるよと言われても、添乗員になれる資質を、私は持ち合わせていない。

◎プロフィール

〈作者近況〉さえき あさみ
オリンピックに沸く花の都パリ。やっぱりおしゃれな民族だなと、スポーツ以外の画像でうっとりする。

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